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 もうすぐ冬至。一年で一番夜が長くなる日。
 泰明は、糺の森で寒さでより清浄さを増した風を受け、
 木々の語る声に耳を傾けていた。
 雪が降るから、早くお帰り。
 今のお前はかつてのお前ではないのだから。
 さわさわ、さわさわ森の木々は鳴る。
 泰明は雪に埋もれてしまってもいいのに、と空を見上げた。
 座り込み、ぼんやりしていると、森が騒ぎ出した。
 誰かが来たらしい。
 この笛の音の響きは、覚えがある。

「これは」

 徐々に近づくその音は自分の前でぴたりと止まった。

「泰明殿、如何されたのです?」

 永泉は雪に埋もれ、すっかり冷えた泰明の頬を手で覆った。

「……永泉?」
「こんなに冷えて。
 どうしてこんなところに」
「……」
「こんな風に、自分をいじめるようなことをなさって。
 神子がいらしたらどんなに悲しまれるか」
「……神子はもういない。
 私の存在理由もなくなった」

 永泉は、これがかつてあれほどに自信に満ちた泰明の姿だろうか、と
 目を見張った。

「ですが、貴方がそんな風に悲しまれていたら、神子はもっと
 嘆かれると思います」
「神子が、嘆く……?」
「ええ。
 最後に皆で集まり、全てを終えた労いの宴がありましたね。
 あの時、神子はおっしゃられていたではないですか。
 もう会えなくても、いつでも幸せを祈っていると」
「幸せを……?」
「ええ。
 確かに今は会えませんが、私はきっと御仏の導きで、
 いつかまたお会いできると信じています。
 再びお会いできた時、神子に誇れる生き方を私はしたいと思うのです。
 泰明殿なら命のことわりをもっと身をもってわかっておられるのでしょう?
 それに清明殿からお伺いしました。
 『泰明は、人と成った』と。
 貴方はいわば生まれたばかりの赤子のようなもの。
 生きることとは何かをまだ知ってはおられないのに生きたくない、とは」
「……」
「神子はきっとお叱りになりましょう。
 もっとしっかりして下さい、泰明殿」
「しかし……」

 ざわざわ、と吹き抜けた風に木々が鳴った。

「何?」

 泰明が耳をすます仕草をし、怪訝そうな顔をした。

「永泉、連理の賢木が笛を奏でよ、と言った」
「こうでしょうか」

 永泉が心をこめて笛を奏でるとその旋律に乗り、雪が舞い、
 あかねの面影がその場に浮かんだ。

「神子……!」

 最後に皆で楽しかった宴の日のあかね、
 連理の賢木に一生懸命話しかけていたあかね。
 あかねの笑顔が甦る。
 手を触れれば、その面影は泡のように消え、
 また光と共に微笑みは浮かび、笛の音と共に最後は優しく滲んで消えた。

「神子はいつも笑顔でいたな」
「ええ。
 我等八葉をいつも明るく導いてくださいました」
「これは連理の賢木の記憶。
 覚えているのは私たちだけではなかったのだな」
「……神子がお帰りになって寂しいと思っているのは、
 泰明殿お一人ではありません」
「そうか。
 私は一人ではなかったのだな」

 泰明は立ち上がり、永泉に積もった雪を払った。
 見れば遠巻きに永泉の従者がこちらを伺っている。
 永泉はそれほど体も強くは無い。
 これ以上体を冷やせば風邪をひくだろう。

「ありがとう、永泉」
「いえこれも御仏のお導き、いえ神子の願いで引き合わされたのでしょう。
 また、何処かでお会いできる時までどうかお健やかで」
「ああ……」

 微笑んで背を向けた永泉をじっと見守り、目を閉じれば
 あかねの面影が浮かんで消えた。
 みんなの幸せを願っているから。
 ……私も神子の幸せを願っていた。
 今もどうか笑顔でいてくれますように。
 ありがとう、と賢木に手を置けば、その幹がほんのりと温かみを増したような気がした。


11.こいねがう

遙かなる時空の中で 永泉&安倍泰明