「先生!何処へ行かれるのですか!?」
「九郎か」

 振り返ったリズヴァーンは何かを手に提げている。

「何ですか、それは」
「将臣に借りた。これはすこっぷと言うらしい」
「すこっぷ……ですか?」
「神子が、くりすますの祝いにはもみの木がつきものだと言っていた。
 もみの木を探してこようと思う」
「俺もついて行っていいでしょうか」
「……無論」

 坂を上ると続いていた家並みが途切れ、雑木林に出た。
 迷わずに踏み込んでいくリズヴァーンの背中を九郎は追いかける。
 何だか修行時代を思い出すな、と考えていたら、

「どうした歩みに迷いがあるぞ。
 そのような歩き方では怪我をする。心しなさい」
「……はい、すみません。先生」
「昔を思い出していたのだろう?」

 鞍馬山で修行に明け暮れていた頃、歩きにくい山道を進むのも修行だと
 さんざんに歩き、狩をして暮らした。
 苦しかったその経験は、山越えなどに生かされて、リズヴァーンの言うことは
 正しかったと九郎はしみじみと感謝する。

「教えていただいたことは何一つ無駄がなかったと感謝していました」
「……教えたことに無駄はなかったとしても、まだまだ私にも学ぶことはある」
「先生が、ですか」
「学ぶことに終わりは無い。
 剣も、学問も、生きることも。
 命が尽きるその時まで、学び終えたなどと感じることは出来ない」
「……はい」
「でもお前は良くやっている。
 お前はただ学ぶだけでは身につかないことも頑張っていると思う」
「あ、ありがとうございます。
 精進します」

 滅多に笑むこともなく、褒め言葉も口にしないリズヴァーンのその言葉に、
 九郎の心は熱くなった。
 血の滲むような努力をして見につけた極意、花断ちをあっさりと
 望美がやってのけた時、自分には才が無いのではないかと悩んだこともあった。
 けれど望美も何かもがき苦しんでいる時もあるのだろうと知ってからそう気にならなくなった。
 逆にこうして今自分たちが『異世界』に来ている今、
 どれほどの苦労が望美や将臣、譲にあったのかと考えることも多い。
 他の八葉たちはすんなりとこの世界に馴染む中、
 焦りを感じているのは自分だけなのではないかといらつくこともあったけれど、
 白龍が力を取り戻していない今は、元の場所に戻ることも出来ない。
 兄、鎌倉殿は今どうしているのだろうか。
 自分の力を必要としてはいないだろうか。
 ……兄のことだ自分の力などなくとも困りはしないだろうけれど、
 もし自分が何か出来るのなら力を尽くして少しでも何かをして差し上げたい。
 むっつりと考え込んでいた九郎に、リズヴァーンが声をかけた。

「九郎。
 考えることは無駄ではないが、今は今出来ることを成しなさい」
「……っっ、は、はい」
「今ここにいて、違う秩序の成り立ちを見ることは、
 新たな秩序を切り開こうとする鎌倉殿の力になる筈だ。
 自らの視野を狭めることなく、今は色んなことを見ていなさい」
「はい、先生!!」

 先を歩いていたリズヴァーンが立ち止まった。
 見れば、九郎の背丈ほどのもみの木が立っている。

「これくらいの若木がよいのだろう。
 九郎、下がっていなさい」

 リズヴァーンは丁寧に根の張り具合を確かめて、
 じわじわと掘り始めた。
 代わりますと言っても、リズヴァーンは交代しようとせずに
 一人で丁寧に掘り進める。

「先生一人でやらせるわけには」
「……今のお前は迷いが多い。力任せに掘り進めれば根が傷つく。
 そこで待っていなさい」
「ですが」
「九郎」
「……はい」

 丁寧に掘り進めるリズヴァーンの背中を見つめているうちに、
 九郎の心は次第に静まっていった。
 高かった日は次第に落ち、空が紅く染まり始めてきた。
 リズヴァーンが良いだろうと木を揺らば、ゆっくりと木が傾いた。

「ではここからは手伝ってくれ。九郎」
「わかりました、先生」

 しっかりと幹を握り担ぎ上げればそれなりに重く、
 自分がここにいて良かったのだと九郎は初めて思えてほっとした。

「助かった、九郎」
「師を助けるのも弟子の務めですから」
「……そうか」

 そのまま林を抜け、有川家へ戻ればそれを見た譲が目を丸くした。

「リズ先生、九郎さん。それ、どうしたんですか!?」
「将臣にすこっぷを借りて山へ行った」
「山へ行ったって……勝手に持ってきてよかったのか?」
「おーおー、立派だなあ。
 そんなに気にしなくたってバレやしねーさ。
 でも本当に持ってきちまったのか。さすが先生だな」
「兄さん、笑い事じゃない」
「クリスマスが終わったら返しに行けば問題ないだろ」
「だとしても」

 頭を抱える譲のわきから、望美が飛び出してきた。

「窓から見えたから来ちゃった。
 うわ、これ本当のもみの木!?
 飾り付けしたい!!どうしたらいい?」
「先輩、……とりあえず、それを暫く植えておく場所が必要ですから、
 まだ飾りつけは待ってください。
 ……リズ先生それを植える木枠が必要なんですけど、作れますか?」
「無論」
「先生、俺もお手伝いします」
「頼む」

 久々に感じるひとつなし終えた充足感に九郎が安堵すれば、
 ぐう、と腹の虫が鳴いた。

「…………一仕事終えたら腹がすきました」
「そうだな」
「もうすぐ晩御飯できますから、そのへんで寛いでいてください。
 あっ、先輩も食べていきますか?」
「譲くん、勿論お母さんには晩御飯いらないって言ってきたよ。
 ……でも凄いね。
 本物のもみの木に飾りつけ出来るなんてなかなかないもん。
 嬉しいよ。ありがとう。先生、九郎さん」

 満面の笑みを浮かべた望美に、リズヴァーンは目を細めて
 いつも神子の望むとおりに、と頷いた。


3.もみの木飾ろう

遙かなる時空の中で3 源九郎義経&リズヴァーン