一条戻り橋を渡った先に見慣れた背中が見えて、イサトは声をかけた。

「今日も見回りかよ。頑張ってるな」
「お、イサトか。どうしたんだ」
「今日は寺の使いだよ」
「そうか。
 何だか最近皆不安がって、空気が重いだろ。
 あいつが頑張って結界を払って冬が来てもまだ空気が澱んでる」

 しんしんと降る雪を振り払いながら、勝真はため息をついた。

「……新しい年が来る前に、穢れをはらっちまわないといけないって
 紫姫も言ってたしな。
 チッ、深苑のやつ、あんなに優しい姫さんに心配ばっかかけやがって。
 まったく何を考えてるんだか、全然わかんねーよ」
「……すまん」

 俯いた勝真に、イサトは慌てた。

「あいつが変な事を始めなきゃ、こんなことにはならなかったんだ。
 深苑を巻き込んだのも、こんな結界で京を雁字搦めにしたのもあいつだ。
 俺があいつを止めなきゃ……」
「お前の妹だろ、変な事言うな」
「でも……」
「花梨がいる。
 あいつならきっと何とかしようとするさ。
 これまでだってあいつと一緒に皆で頑張ってこれただろ。
 これからだって何とかなるさ」
「ははは。
 ……お前の口から何とかなるとか言わせるなんて……、
 本当にあいつは凄いな」
「そうだな」
「お前だって、ずっと諦めてきたんだろ」

 イサトは降りて来る雪を見上げて呟いた。

「何を諦めるとか、そんなこともわからないくらい、
 全部どっかで諦めてたんだよな。
 頑張ったって無駄だ。何も変わりもしなけりゃ、オレに出来ることも何も無い。
 家族の皆の言うようにオレはこのまま僧兵になってやっていくんだ。
 そして、勝真お前とはきっと一生口をきくこともないんだろうって思ってたさ」
「イサト……」
「貴族を恨む気持ちとか、そういうのが綺麗に消えていく筈も無いけど、
 でも何処かで許せるような気がしてきたんだ。
 あの火事も仕方なかったんだ。
 今生きてるだけでもうけもんだ、ってな。
 それに勝真が悪いわけじゃなかったしよ。
 ……お前ももう気にすんじゃねーぞ」
「……わかった。
 忘れるとか出来なさそうだけど、気に病むとかそういうのは止める。
 花梨が俺に何が出来るか教えてくれたし、
 俺は俺が思ってる以上に京が好きだったみたいだ。
 ……本当にあいつは凄いな」
「だよなー!」

 背伸びをしたイサトは、あー何だかあいつの顔がみたくなっちまったなと呟いた。

「そろそろ、四条の館に戻ってるんじゃないのか」
「あいつ疲れてんのにいいのかよ」
「あいつの顔が見たいって言ったのはお前だろ」
「お前だってそう思ってたくせに」
「寺の使いは終わったのか」
「帰るところだったんだからいいんだよ」
「……………………そうか」

 くるりと踵を返した勝真を、あわててイサトが追いかけた。

「ちょっと、おい!」
「ちょっとだけならいいだろ。長居しなきゃ迷惑にならないだろうさ」
「……お、おう」

 言葉少なに道を急ぎ、四条の館に着けば、
 少し驚いたように紫姫は迎えてくれた。

「こんな時間に、すまない」
「いえ、神子様はお通ししても良いといっていましたので、どうぞ」
「ありがとな」

 渡殿を歩いて、花梨のいる対の屋へ向かえば、
 花梨の声が聞こえた。
 話し声ではない、節の回った言い回し。
 何だろう、と顔を見合わせてそのまま進めば、
 花梨は寒いのか小袿をかぶって、火桶の前に座っていた。

「ジングルベール・ジングルベール、すっずがーなるー♪」

 楽しそうに歌う花梨にどう声をかけていいのかわからずに、
 勝真とイサトが立ち尽くしていると、
 花梨は気配を感じたのかくるりと振り向き、驚きの声をあげた。

「勝真さん!!イサトくん!!来てたのなら声をかけてよ!!
 こんな大声で歌ってるの見られて……恥ずかしいー」
「お前だってずっと気がつかなかっただろうが」
「そうだ」
「でも、来てくれて嬉しいな。
 折角のクリスマスなのに、ひとりぼっちもつまらないし」
「くりす……ます?」
「そう、わたしがもといたところでは、大事な人たちと過ごす
 大事な日なの」
「そんな日にお前一人でいたのかよ!」
「……そういう日だって知ってるのわたしだけなんだよ?
 こんな大変な時にお祝いしましょ、なんて言いにくいよ」
「言ってくれたら皆集まるだろうに」
「……だったとしても、皆忙しいでしょ?
 迷惑かけたくなかったの」

 にっこり笑ってみせた花梨に少しの寂しさが滲む。
 何も出来なかったとしてもとりあえず今ここにイサトと二人で来れたことは
 悪いことではなかったと勝真は思った。

「まあ、それならそうと言ってくだされば準備しましたのに。
 神子様、遠慮はいりませんと何度も申し上げましたよ?」
「紫姫」
「そんなに紫は頼りになりませんか?」
「そんなことないよ」

 まるで姉妹のようにじゃれあう二人を見て、
 自分たちがここにいることで花梨の寂しさが少しでも薄まればいいと
 イサトは思う。

「そのお祝いって何やるんだ?」
「ケーキを食べたりご馳走を食べたり、贈り物をしたり」
「いい日じゃねーか。
 何でお前はそういうこと黙ってるんだよ。オレだってそういうのやりたかったぜ」
「そうだな。
 そういえば、花梨。さっきお前なんかぶつぶつ言ってたよな、あれは何だ?」
「……こっちには無いから説明するの難しいんだけど、
 これも『歌』なんだよ。
 言葉を音楽にのせて歌うの。
 さっきの歌はクリスマスの歌だったんだ。
 何も出来ないからどりあえず歌ってみようかなって歌ってみたんだ。
 でもこんな日にひとりぼっちじゃないなんて嬉しかった。
 勝真さん、イサトくん。
 ……今日来てくれてありがとう」

 おう。と照れたようにイサトは笑う。

「ちゃんと聴いてみたいからさ、花梨、そのさっきのもう一回やってくれないか?」
「えっ、何言うの勝真さん!恥ずかしいよ」
「でもそれで雰囲気が出るんだろ?」
「よろしければ、わたくしにも教えてくださいませ」
「えっ、そう……?もう!……笑いませんか?」

 三人がこっくりと頷くと、わかりましたと花梨は照れたように歌いだした。


2.君に逢いにいこう

遙かなる時空の中で2  平勝真&イサト