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夏に近づいた京は次第に暑さを増していくけれど、今日は雲が多いせいか、
日差しが強すぎることも無い。
風もほどよく抜けて今日は過ごしやすいいい天気だ、とあくびをしながらイノリは思った。
とりあえず土御門殿まで来てみたものの、今日のあかねの供は天真と頼久に決まった。
今は東の札を取る為にあかねが頑張っているのは知っている。
だから青龍のふたりと一緒にでかけるだろうな、というのはわかっていた。
でももしかしたら。今日こそは。
今日来てくれてありがとう。と笑ってくれたあかねの笑顔を思い出す。
こんないい天気の日に一緒に出かけられたら良かったのに。
何の予感もなかったくせに、のこのこと来てしまった自分に苛立つのがなんのせいなのか。
供に立てないのなら師匠のところにでも行けばいいのにそんな気にもなれない。
……これ以上考えてもきっとろくなことがない。
ため息をついて、ぼんやりと空を見つめていたら、
ねえ、お菓子食べない?と詩紋が声をかけてきたのだ。
これでも食べながらあかねちゃんを待ってようよ。
そういわれた一言に何であいつを待ってなきゃいけないんだ、と
一瞬さらに苛々が募ったのだけれど。
そう言ってくれた詩紋にはまったく悪意もなく、ただ気遣ってくれただけだと
イノリにはわかっていたので、しぶしぶ菓子を受け取った。
黄色くて、ふわふわして、とても甘い。
その甘さで苛々がすっと抜けていった。
黙って二口目にかじりついたイノリを見て、詩紋はにっこりと笑った。
「それ、カステラって言うんだよ」
「かす……てら?」
「うん、この時代にはまだないものだけど、作れそうだから作ってみたんだ。
栄養もあるから、風邪をひいた時に食べるひとも多いんだよ」
「そっか」
滋養があるからあかねの為に詩紋はこれを作ったんだろうな、とイノリは思う。
たくさん出来ちゃったから皆にも分けてきたんだ。
女房の皆さんも喜んでくれて良かった。そう笑う詩紋。
どうしてこんな奴と一緒に戦わなきゃいけないのか。
そもそもこんな奴が戦えるのか疑問だったこともあるけれど、
イノリは目に見える強さが全てで無いことを今は理解している。
「ボクたちはいつまでここにいるんだろうね」
隣に座った詩紋はぽそりと呟いた。
「帰りたいのか」
「ううん、そういう意味じゃないんだ。
ボクらは春にここに来て、もう夏になる。
結構時間が経ったよね。
別に嫌じゃないんだけど、……これからどうなるのかな。
冬になってもまだここにいるのかなって思ったんだ」
「いたくないのかよ」
詩紋はふるふると首を振った。
「ボクらはいいけど、あかねちゃんが無理をしそうで怖いんだ。
皆がついてくれてるってわかってるけど、
このまま長引いてしまったらあかねちゃんにどれだけ負担がかかるのかなって。
……それにこのままだと京の皆が困ったままになる。
たくさんの人が困ったままなんてボクは嫌だし、
ボクに何が出来るのかな」
「お前だってオレだって頑張ってるだろ」
「……でもボクはもっとあかねちゃんの力になりたいんだ」
「……オレだってそうだよ。
でもオレたちはまだまだなんだからな!」
「まだまだ?」
廂からひょいと庭に飛び降りてイノリは言った。
「オレたちはこれからまだまだ背だって伸びるし、大きくなる。
まだまだ、だろ」
「……うん、そうだね。
もっともっと大きくなって、そうだ。天真先輩の背なんか追い越しちゃって」
「そうそう、頼久なんかよりずーっと大きくなるんだぜ」
にやりと笑ったイノリに、詩紋はにっこりと笑いかけた。
「でも、もし冬までここにいたら。
皆でクリスマスパーティをやりたいな」
「……くりす……何だ?」
「他の神様のお祭なんだけど、お菓子を食べたり、贈り物をしたり、
大事な人たちと過ごす日なんだ。
折角だから皆でわいわいやりたいな」
「なんだそれ、面白そうだな」
「うん。
こういう大きな靴下を置いておくと、寝ている間にサンタさんが
プレゼント……えっと、素敵な贈り物を置いていってくれるんだ」
「何だそれ、すげーな」
「そうだよ?
子供はみんなクリスマスを楽しみに待ってるんだ。
もしクリスマスパーティをしたらボク大きなケーキを焼きたいな」
「うまいやつか?」
「勿論。
ねえ、イノリくんならあかねちゃんにどんな贈り物をしたい?」
「あ、あかねにか!?」
「そうだよ。だってクリスマスだもの」
「……うーん。
思いつかねえなぁ。
市で何か買ってやるとかさ、そういうのだって……
友雅とか永泉の方があかねの喜びそうなもん知ってそうだし、
何処かにつれていくのだって、鷹通とかの方が知ってそうだし、
泰明なんてビューンと行っちまうだろ?」
考え込んでしまったイノリに詩紋は言った。
「…………ボクは、あかねちゃんに安心をあげたい」
「安心?」
「うん。
ボクだけの力じゃどうにもならないかもしれないけど、
早く鬼との決着をつけて、京のみんなが、人も、鬼もみーんな、
みんなを平和にして、あかねちゃんを安心させてあげたい。
ボクはあかねちゃんに心から笑って欲しいんだ」
「……そっか。
オレもあかねには笑っててほしいな。
じゃあオレはあかねに元気をやるぜ」
「うん、いいと思う。
イノリくんの元気は誰も勝てないもんね。
クリスマスが来る前に全部終わるといいな。
皆でにこにこしながらクリスマス、やりたいな」
「そうだな。
……もし、冬が来る前に全て終わっちまっても、皆で打ち上げやろうぜ!
その時は詩紋、お前の菓子をどーんと振舞ってくれよ」
「うん、その時は精一杯頑張るね」
にっこり笑った詩紋がもうひとつどう?と差し出したカステラを、
イノリは掴んで頬張り、うまいと満面の笑みを浮かべた。