THE LAST SLICE




  −2ー


 冬休みが終わっても将臣は帰ってこなかった。
 せめて冬休み中に帰ってくれば色々誤魔化しようがあったものを。
 譲は苛立ちを隠せない。
 でも日々しょんぼりしていく望美を見ていると何故早く帰ってこないのかと
 帰ってきたら一発殴ってやらないと気がすまないななどと思う。
 いつものようにひょいと避けることなんて赦さない。
 これからの展開を思えばもう二発くらい殴っておいてもよさそうな気がした。
 今日は、三学期の始業式。
 両親と話し合った結果、将臣の休学届を出すことにした。
 外国にショートステイ中、ということにして。
 質問攻めになる可能性のある望美に困ったら自分に振るように言い聞かせる。
 望美は結局人がいい。うまく嘘がつけない。
 結局全部俺がフォローするのか。譲はため息をついた。
 望美のかばんにぶら下がったお守りが目に入る。
 将臣が帰ってこなかったから。今年の初詣は二人で行くことになった。
 望美とふたりで行く初詣。今年で最初で最後だろう。
 だからといってうきうきできるほど無神経ではない。
 お賽銭を投げ、一心に祈る望美。
 『兄さんが早く帰ってきますように、か』
 八幡様のお守りに込めた願いもきっと同じ。望美の心に自分が入り込む隙間はない。
 今は。
 でも長引けば、あるいは。……なんて考えても仕方がないことはわかっていた。

 休学届はあっさり受理され、将臣の留学話はあっさり周囲に受け入れられた。
 将臣らしいという理由で。
 帰ってこなくても、期間が過ぎてもそこが気に入ったから暫く帰ってこないとでも
 言えば違和感がないだろう。とりあえず胸をなでおろす。
 先輩は放課後毎日屋上に上るようになった。
 下校時間ぎりぎりまで。
 部活が無い日はそれにつきあうこともあったし、部活がある日は終わった後先輩を迎えに行った。
 とりとめのない話をしながら。
 前より、近くにいるけれど先輩は遠い。
 実際毎日は平和で。あちらで戦や怨霊退治にあけてくれていたなんて嘘みたいだ。
 どんどんあちらの思い出が遠くなっていく。
 それが別に悪いことではないけれど、寂しい気がした。
 先輩も同じ気持ちのようで話すことはあちらのことばかり。
 皆元気かなとか、どうしてるんだろう、とか。
 本当に話したいのはきっと兄さんのこと。
 わかっているけれどだんだんお互い言葉に出せなくなっていく。
 きっと帰ってはくるだろう。
 それはいつのことなのか。わからないから不安が募る。
 もしかしたら帰ってくるかもしれない。
 そう言って残した兄さんのぶんのクリスマスケーキ、仕方ないねと二人で半分こして食べた。
 もしかして帰ってくるかもしれないからと残しておいた最後の一切れ。
 あんなに寂しい味のするケーキは初めてだった。
 譲はしばらくケーキは焼いていない。
 もしかしたら帰ってくるかなと、とって置かれる最後の一切れが切ないから。
 この分だと今年のバレンタインデーはトリュフにしておくべきかなとぼんやり考える。

「先輩」
「なーに」

 注釈つきの平家物語とにらめっこする望美。
 これも『忘れたくない』からか。

「今年のバレンタインデーどうしましょうか」
「譲くんのケーキ!」
「……ケーキ、ですか」

 はっとした望美の脳裏に浮かんだのはきっとあの最後の一切れ。
 最後の一切れを何度見つめたら将臣は帰ってくるんだろう。

「今年はわたしも何か作ろうかな」
「……食べれるものにしてください」
「酷いよ!」
「先輩は適当に作りすぎなんですよ。量も、作り方も、焼く温度も」
「うー」
「お菓子は特に分量どおり、手順どおりに作らないといけないんです。
 勘で作っていいのは慣れた人だけです。先輩が勘で作るなんて十年早いんですよ」

 痛いところをつかれ、ぐっと望美が黙る。
 少し、いじめ過ぎたか?
 でもこうやって作ったらおいしいと思ったから!で何度胃袋を痛めつけられたか知らない。
 ここで一度きちんと言い含めれば、将臣の将来の不安が少し、軽くなるかもしれない。
 ……そんなことは知ったことではないのだが。
 このままずっと『譲!メシ!』『譲くん!ごはん!!』と懐かれるのも空しい。
 本来誰だってきちんと手順と分量を厳守すれば料理できるはずなんだ。
 ここで甘やかしても仕方ないだろう。
 でも『この望美でも作れるお菓子』……じっと望美を見て譲は思考をフル回転させる。
 すがりつくような望美の眼差し。
 自分で作ったほうが100倍はラクなのだが……。嗚呼。

「……先輩に作れるものだったら、そうだなガトーショコラはどうでしょう?」
「えっ!そんなの作れるの?」
「ガトーショコラほど失敗しないお菓子はないと思いますよ。
 混ぜる順番が違ってもいい、膨らまなくてもいい。まず焦げないし。
 材料費も安いし、たいした量が出来ない。
 実に先輩向きのお菓子です」
「酷い!」

 久々に元気そうな望美の声。
 譲はこの提案は間違ってなかったと確信する。

「じゃあ少し練習しましょうか」
「将臣くん食べてくれるかな」
「先輩が作ったものが成功したら、兄さん帰ってくるかもしれませんよ」
「そうかな」
「だと思いますよ」

 譲は家にあるもので作れたかどうか算段を始めた。
 生クリームとチョコレートがあればあとは材料はあるだろう。
 しっかり見ていないとガトーショコラが岩になる。
 信じられない話だがそれは事実なのだ。
 目を離してはいけない。それは惨劇を生む。ごくりと譲は唾をのみ。
 いつ練習しようかーと無邪気に笑う望美に苦笑いを返すのだった。


背景画像:10minutes+

ガトーショコラの惨劇回避率は半端ないです。昔寝ぼけながら作ったときに、(笑)
卵白と卵黄の混ぜる順番を間違えましたが、普通に焼けました。
ショートケーキではこうはいきません!若干生焼けでも冷やしてしまえばよくわかりませんし、
チョコレートが入るせいで焦げることはまずないし、焦げてもバレにくいし。鉄壁ですね。
焼きすぎて完全な炭化、というの以外惨劇は回避できるのではないでしょうか。
ミックスなくても、家にある材料でほぼできますしね。【090821】

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