HAPPY BIRTHDAY





 もう見慣れた駅前のスーパーと商店街で買い物を済ませる。
 何でこんなに熱いんだろう。もう解けちゃいそうだよ。
 せっかく可愛い格好してもあっという間に汗でべたべたになってしまうから
 今日は可愛さよりも実用性重視で。
 花屋さんにも綺麗な花があったけれど、持ち歩く間に痛んでしまいそうだからやめた。
 滴り落ちる汗を拭きながら歩く。
 買い込んだ食糧で今日は部屋から出なくても大丈夫。
 ああ、早くシャワーをあびてさっぱりしたい。
 驚かせたかったから、こっちに着いたって連絡していない。
 多目の荷物になったのは、ここに泊まってみたかったから。
 日付が変わってすぐにおめでとうを言いたかった。
 お母さんには一応今晩帰らないかもとだけは話してある。
 あっさりと許可が下りたのは完全に譲くんの信用だろう。
 泊まりたいって言ったら譲くんは何ていうんだろう。
 何度かここには来ているけれど、泊まったことはまだ無い。
 初めて一緒にいるのなら、譲くんの誕生日がいいとなんとなく思っていた。
 譲くんは怒るかもしれないけど、今日だけは特別。驚かせたい。
 確か今日は何も予定は入れていないって言っていたからきっと譲くんは部屋にいるはず。

「……でもちょっと買いすぎた?」

 日傘と荷物で両手が塞がっていてどのみち連絡は出来ない。
 見慣れた角を曲がって、よろよろしながら階段を上る。

「譲くん、いるよね?」

 ビニールの手提げが食い込む腕を必死に伸ばしてインターフォンを鳴らせば、
 ドア越しに物音がしてガチャリと開いた。

「望美さん!?」
 ……どうして連絡くれなかったんですか。迎えにいくのに」
「熱いし、昼間だし、驚かせたかったからいいの!」
「…………ちょっと散らかってますが、どうぞ」

 これの何処が散らかってるの?と思うくらい部屋はきちんとしている。
 シンクの中に朝ごはんの食器と、今脱いだばっかりっぽいTシャツが床に落ちていた。
 ……これが譲くんの散らかってる、かぁ……。
 自分の散らかってる、とのレベルの違いに苦笑いする。
 譲くんはひょいとTシャツを洗濯機に放り込むと、凄い荷物ですね、と
 買いこんだ荷物を笑った。
 中身をまだハッキリとみせたくなくて、しまいますよという言葉を無視して、
 自分で冷蔵庫を開けた。
 ケーキは見当たらない。良かった。
 相変わらずちゃんと整理された冷蔵庫だ。
 譲くんは興味ありげにこっちを見ていたけれど、見えないようにブロックする。
 ちゃんとしまおうかと思ったけれど、何か種明かししてしまうのもつまらない。
 ビニールの袋からアイスクリームだけを取り出して、冷凍庫にしまうと
 袋のままでぐいぐいと押し込んだ。

「ちょっと、望美さん」
「まだ、秘密」
「…………わかりました」

 仕方ないな、と言う風に譲くんは笑う。

「熱かったでしょう。何か飲みますか?」
「シャワー借りて良い?もうべったべたなんだもん。
 さっぱりしてから何か飲む」
「……わかりました」

 これ使ってください。
 譲くんは新しいタオルを渡してくれた。




















「……どうしてこんな時間になってるの?」
「どうしてでしょう」

 俺の腕をよいしょとどけると、貴方は起き上がった。
 枕もとの時計を確かめるともう七時を回っている。
 今日の貴方の荷物は心なしかいつもより大きい気がする。
 もしかして。
 期待し過ぎは喧嘩の原因だ。貴方が言い出すまでは黙っていよう。
 そろそろ腹がへったな、と思ったら貴方のお腹がなる音がした。

「望美さん、お腹すきましたか?」
「うん。
 でも今日はわたしが用意するから!」
「……いいんですか?」
「大丈夫だよ」
「…………わかりました」

 本当に大丈夫だろうか。そういう顔をしてしまったのがバレたんだろう。
 起き上がった俺を貴方はベッドに押し戻すとキッチンへ行ってしまった。
 冷蔵庫を開ける音がする。
 自分の部屋で自分以外の誰かの気配を感じられるのはいいな、と思った。
 俺の大好きな貴方が、俺の為に用意をしてくれている。
 その感動に浸っていたらバツンと言う音がして部屋が真っ暗になった。

「あ!!!!」
「望美さん、電子レンジ使ったんですか!?」
「ごめん!!」

 立ち上がり、壁伝いに歩けばゴン、という鈍い音がした。

「痛」

 鴨居に頭をぶつけたのか、頭がチカチカする。
 リフォーム済みとは言え基本古い作りのこの部屋はあちこちが低い。
 手探りでブレーカーを上げた。
 実家にいる時の感覚のままでエアコンをつけたまま、
 電子レンジを使ったり、ドライヤーを使ったりするとブレイカーが落ちる。
 そういう経験をほとんどしてこなかった俺たちにとって、
 ここでの『生活』は新しいことばかりだった。

「レンジ使う時は言ってくださいってあれほど……」
「ごめん。
 何か凄い音したけど、どうしたの?」
「ああ、そこの鴨居に頭をぶつけただけです。
 ……貴方のごはん楽しみにしてますね」

 一生懸命やっている貴方を見て幸せな気持ちになった。
 邪魔はしないほうがいいな。
 ローテーブルのいつもの位置に座ってTVをつける。
 貴方は用意したのか、神妙な顔で綺麗なペーパーナプキンに
 ナイフとフォークとスプーンをセットしてグラスを置いた。
 俺たちはまだ未成年だ。
 アルコールはまだ、と思ったら貴方が置いたのは果汁入りの炭酸飲料。
 ちゃんとセットすればいつものテーブルでも気分が変わるもんだな。
 感心して見ていれば、貴方は少し嬉しそうに笑った。
 来年になれば二人ともお酒を飲める歳になる。……飲むようになるんだろうか。
 今は想像できないけれど、ちょっと楽しみになった。
 暖めたチキンと綺麗に盛り付けられたサラダを持って貴方が席に座る。

「準備できましたか?」
「うん」

 貴方が頷くのを確認して、再びエアコンのスイッチを入れ、
 貴方の頬にクリームがついているのが気になった。

「何かついてる?」
「クリームが」

 気がつかないくらい一生懸命やってくれたんだな。
 じわっと感動がこみ上げて、思わず頬にキスして、そのままそれを舐めとった。

「譲くんっ!」
「美味しいですよ。
 ……せっかくだから冷めないうちに食べましょう」
「そうだね」

 いただきます。
 パンと手を合わせ、ふたりでいただきます、と手を合わせて食べ始めた。
 いつも食べなれている筈なのに、ふたりで食べるとどうしてこんなに美味しいんだろう。
 貴方と食べるごはんは特に幸せな味がする。
 チキンとサラダを食べ終えて、二人で並んでテレビを見て、
 少しお腹が落ち着いてから、ケーキを食べることにした。
 貴方は神妙な顔をして冷蔵庫からそれを取り出した。

「全然綺麗に出来なかった。ごめんね」
「気持ちだけで充分ですよ」

 お茶を入れにキッチンに立てば、その状態で貴方が何を考えたかはわかった。
 スポンジ台に、ホイップ済みのクリーム、そしてフルーツの盛り合わせか。
 貴方は貴方なりに頑張ろうとしてくれたんだな。
 その気持ちに深く感謝する。
 お茶を入れてテーブルに戻ればケーキに見慣れないものが立っていた。

「なんですか、これ」
「ロウソクだよ」
「何だか大きいですね」
「そうだね」

 部屋の電気を消して、マッチでそれに火をつけて暫くするとメロディが鳴り始めた。
 唐突にかなりのボリュームで流れるそれに呆然とする。
 このメロディはハッピーバースデーか。
 驚いた俺を貴方はにこにこして見つめ、嬉しそうに手を叩いて歌いだした。

「ハッピーバースデー トゥーユー
 ハッピーバースデー トゥーユー
 ハッピーバースデー ディア譲くん!
 ハッピーバースデー トゥーユー!」

 拍手と共にロウソクの火を消した。
 真っ暗になった部屋の中メロディーは鳴り止まない。

「あれ?」
「……まだ鳴ってますね」
「温度かなあ。ちょっと水につけてみようか」

 電気を手探りでつけて、台所へ行き、
 流しでロウソクを水につけてみても鳴り止まない。
 途方にくれた貴方に大丈夫と言ってそれを受取る。
 どこかに電池があるはずだ。
 蓋を開けて丸い電池を外せばそれはピタリと鳴り止んだ。
 貴方はほっとしたように俺を見上げる。

「びっくりしたね」
「まさか鳴り止まないとは思いませんでした」
「説明書には火を消せば止まるって書いてあるのに」

 口を尖らせて貴方は俺に訴える。
 何だか可愛いな、と思ってぽんと頭を撫でれば、
 どうせ子供っぽいですよ、と貴方はさらに口を尖らせた。

「せっかくの望美さんのケーキを頂きたいんですが、ダメですか?」
「あっ、うん!食べよう食べよう」

 貴方は少し緊張気味にケーキを切り分ける。
 ……6号サイズのホールケーキ。このサイズなら今は半分が限度だ。
 貴方は今晩どうするつもりなんだろう。
 この後帰ってしまうのだろうか、それとも……。

「望美さん」
「なーに?」
「このケーキ今食べきれないと思うんですが、どうしますか?」
「どうするって?」
「……明日食べますか?」
「……えっと、あの、……その」

 貴方は俺の問いに気付いたのか、目を泳がせ、そして観念したように頷いた。


背景素材:ミントBlue

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