破鏡不照



 −5−



初めて会った時にすぐにわかった、貴女が私の太一だと。
誰よりも綺麗で清らかで、明るくて。
私は一緒にいるだけで幸せだった。
一緒にいるだけで安心できた。
不思議な気持ち。これはなんだろう。
ずっと捜し求めていたただひとつを見つけられたらこれだけ満たされるのだろうか。
力を失ない、龍の姿を保てなくなった、小さな童姿の私に神子は優しかった。
次第に繋がれていく絆が深まり、枯れ果てた龍脈の力が神子の努力でだんだんと満ちていけば、
神子が傍にいなくても、神子を感じていられるようになったけれど、
ずっと一緒にいたかった。
神子の傍が一番幸せだったから。
神子と一緒に眠るのが好きだった。
なのに。
もうずっと一緒にいてはいけない、という。
私の力が戻って、姿が変わったからだという。
今のほうが神子を守れるのに、貴方と一緒にいられないなんて。
大人の姿になった男女が一緒に眠っていいのは、
契りを交わした夫婦だけなのだ、と朔に諭されたけれどよくわからなかった。
契り、とは何だろう。
神子と私の間には誰にも断てない絆がもう、あるのに。
どうして、と訪ねれば朔は困った顔をしてそれ以上は答えてくれなかった。
姿が変わっても神子は変わらずに私をわかってくれたのに。
他の八葉たちは戸惑っているようだった。
戸惑い、揺れる気が伝わってくる。
私は何も変わっていないのに。
神子と同じ場所でいつものように眠ろうとして、朔に引き止められた。

「白龍。
ききわけてちょうだい」

朔は寂しそうな顔をした。
譲に連れられて神子の傍を離れる。
譲は本当に神子のことを大事にしていて優しい。
神子の居心地の良いように場を整えてくれるから私も心地よくいられる。

「白龍はこっちだ」
「……譲、私はどうして神子と一緒に眠ってはいけないんだ?」
「……白龍が大人になったからだよ。
心はそのままみたいだけど、姿が大人になっただろう。
今までは小さな子供だったし、先輩の傍から離すと心細そうだったから、
男の子だけれど大目に見てもらえたんだ」
「今だって神子のそばがいい」
「……聞き分けてくれ、白龍。
その姿で一緒に眠っていたら、先輩が驚くんだ」
「神子が、驚く」
「そう」
「驚く、というのは怖いということ?」
「そうだな、それに近いと思う。
あの人に怖い思いをさせたくないだろう?」
「神子が私を恐れるのは、いやだ」
「じゃあ、素直に聞き分けてくれ、白龍」

困ったように見つめる譲にこくりと頷いて見せれば、
譲は安心したように歩き始めた。
私にはわからないけれど、譲ならわかるのだろうか。

「譲」
「何だ?白龍」
「……朔が大人の男女は契りを交わさないと一緒に寝られないと言っていた」
「…………。
まあ、そうなのかもな」
「契りって何?譲にはわかる?」
「…………。
意味はわかるけど、俺にはどう答えたら良いのかわからないよ」
「譲は契りをしたい?」

譲は困ったような顔をして、眼鏡を上げた。
どうしてそんな困った顔をするんだろう。
譲も朔も。

「答えられない?」
「うん、少し説明が難しいな。
とりあえず、もう白龍は朔や先輩とは一緒には寝られないんだ。
そういうことなんだ。……わかってくれ」

耳まで赤くなって搾り出すようにわかって欲しいと言った譲には
それ以上追求してはいけないのか。
がっかりしながら譲の後についていけば、不意に声がした。

「まあ譲には答えられないかもしれないな」
「……ヒノエ!」
「ヒノエなら答えられるのか?」
「まあオレならね。青臭い譲とは違うからさ」

じっと睨む譲と、飄々としたヒノエを見比べて、
ヒノエに尋ねた。

「じゃあどうしたら神子とまた一緒に眠れるの?」
「……白龍は神子姫と一緒に寝たいのかい?」
「うん、姿が大きくなったから、一緒に寝てはいけないと言われたから」
「ああ、それで……」

ヒノエの顔から笑いが消えた。
私はそんなおかしなことを言っているのだろうか。
人の世界のことを良く知らないから、いけないんだろうか。

「……契りって何?」
「……」
「……」
「ひとつになって、ずっと一緒にいることを誓い合う……ということで
よいのではないですか?」
「!」

ヒノエが勢いよく振り向くと、そこには弁慶が立っていた。

「まだまだですね、ヒノエ」
「……アンタにそんなことは言われたくないね」
「弁慶は凄いね。物知りだね」
「……それなりの時間を生きていますからね。
白龍は望美さんと契りを交わしたいのですか?」
「うん」
「でも君にはそんなこと必要ないんですよ」
「そうなの?」

きょとんと見つめる私に、弁慶は微笑んだ。

「君には誰よりも望美さんと深い絆がある。
決して絶たれることのない絆が。
魂が結び合っているのですから、何も恐れることはないんですよ」
「……そうなの?」
「そうした結びつきの叶わない人同士が、
それを願ってかわすのが『契り』なのですから。
君はそれにこだわる必要などないんです。
君にはだいぶ力が戻って来たのですから、……距離など問題ではないでしょう?」
「弁慶が、そういうのならそうなのかな」
「君は力を持つ存在なのですから、もう少し自分の力で立てないと、ね」
「うん。神子を守れるように頑張るよ」
「何事も慣れです。
今は心細くても、いつかそれが当たり前になりますから」
「うん」

頷いてみせると、弁慶は微笑んで何処かへ行ってしまった。
そろそろ行こうか、と言った譲について再び歩き出すと、
ヒノエが面白くなさそうに呟いた。

「まったくアイツの口の上手さは頭にくるぜ」
「……ヒノエがちゃんと答えられなかっただけだろ」
「それはお前だって同じだろ」
「……どう答えろって言うんだよ。
白龍の前だぞ」
「私がいると答えられない?」

気まずそうにヒノエと譲は顔を見合わせると、歩みを速めた。

「私はただ神子といっしょにいたいだけだよ」
「……ずっと一緒にいられたらいいのにな」
「いられないの?」

かなしくなって歩みを止めた私を譲は寂しそうな顔で見つめ、
ヒノエはため息をついた。

「よくわからないけど。
白龍はこのまま力が満ちて元に戻ったら、また龍の姿になるんだよな」
「そうだね」
「その後も神子姫と一緒にいるつもりなのかい?」
「いっしょにいられないの?」
「……わからない。
先輩が白龍といっしょにいることを望んだら一緒にいられるかもしれないけど」
「神子姫が望まないなら、一緒になんていかせないぜ」
「ヒノエ」
「だってそうだろ」

私の太一とずっといっしょにはいられない?
かなしくなって瞳からぽたりぽたりと涙が出てきた。

「いっしょにいたいよ……」
「うん、そうだよな」

譲は寂しそうに笑い、頷いた。

「不安になるようなことを言ってごめんな。
でも、ずっといっしょにいられないかもしれないから
今を大切にしないといけないんだ。
……白龍、それはわかるよな」
「今が、大事」
「そう。
今先輩は白龍と皆の為に頑張ってる。
その先輩の為に俺たち八葉がいる。
役目が終わったら皆と別れることになるかもしれないけど、
思い出は消えないから」

思い出というものがよくわからないけれど、
今神子といっしょにいられる幸せを大切にするようにと譲は言っているんだろう。
頷くと、譲は早く休んで、また明日神子に会いに行こう、と微笑んだ。


背景素材:空に咲く花

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