「俺も兄さんみたいにバイトをしたほうが良かったのかな」
貴方の塾がない日は俺の部活が終わる時間まで、図書館で勉強している。
……本当に勉強しているのか、ほほについた跡を見る限り少し怪しいと思うけれど、
一緒に帰れる時間ももう残り少ない。
待たせているのは少し心苦しかったけれど、先輩のそんな心遣いが嬉しかった。
今日もいつもと同じように下駄箱で待ち合わせて一緒に校門を出た。
跳ねるようにして少し俺の前を歩いていた貴方は、怪訝そうな顔で振り返る。
「えっ、譲くん、どうしたの?」
何にも気にしていないと言わんばかりのその態度。
……好きな人の前で少しは見栄を張ってみたい男の思惑なんて、
きっと貴方にはわからない。
「たいしたことじゃないんですけど。もうクリスマスでしょう。
少しでもバイトしてれば良かったかなあと思ったんです」
「だって譲くん忙しいじゃない。
部活もやってるし、生徒会もあるし、晩御飯作ったり、家事だってしてるし」
「……まあ、時間はあんまりないですけど。
クリスマス、貴方と何処かへ出かけたり、何か贈れたかな、と」
「えっ、毎年譲くんのくれたものって嬉しいし、
ケーキもごはんも美味しいよ?」
貴方は何を言い出すんだろうとばかりに、
一生懸命な貴方の瞳に嘘は見当たらなくて。
少し安堵するけれど、残念な気持ちは胸からは消えてくれなかった。
「そうですか?
……あんまり貴方の受験の邪魔はしたくないから。
きっとデート出来るのはクリスマスが最後かなと考えていたんです。
勿論、八幡様に初詣は一緒に行けたら、とは思いますが」
「……別に気にしなくてもいいんだけどな。そんなこと」
何かを思いついたのか、ふと貴方は携帯電話を見ると、俺の手をとり駆け出した。
学校から駅までは下り坂だ。
危ないですよ、と止めようとしても貴方は止まらない。
江ノ電の踏み切りを渡って、海岸に出た。
夕日が海に沈んでいく。
貴方は携帯電話を見ながらカウントダウンを始めた。
「5・4・3・2・1」
夕日が江ノ島の遙か向こうに沈んでいった瞬間、
鎌倉高校前の駅のイルミネーションが点灯した。
「四時半から始まるの。
点く瞬間が見れて良かったね」
ぎゅっ、と貴方は握る手に力を込めた。
「別にどこかに行けなくてもいいよ。
確かにあんまり派手じゃないんだけど」
えへへ、と照れたように貴方は笑う。
「でもこうやって学校帰りに見れるなんて、
ちょっと贅沢じゃない?」
確かに、その光はあまり派手ではない。
どちらかといえばささやか、とでも言うべきものかもしれない。
でもさっき貴方が見せた鮮やかな光景は、
まるで魔法のようだ、と俺には思えてしまう。
陽が沈んだ瞬間に駅に灯った光。
こうして同じ学校に通い、同じ時間を過ごせる日々ももう残りが見えている。
今一緒にこうやって眺められること。
そのかけがえの無さに俺は改めて気付く。
貴方はきっとそんなに深く考えてはいないのだろうけれど、
大事なことを見逃さずに捕まえることが出来るひとだから。
考えすぎて、大事なものを見失いがちな俺には想像もつかないやり方で、
貴方はいつも気付かせてくれる。
「こうやって学校帰りに見れるのって今だけ、だよね」
「そうですね」
「でもうんとおしゃれして何処かにいくっていうのもいつかやってみたいね」
「そうですね、いつか行きましょう」
それも楽しみだね。
貴方はにっこりと微笑んでくれた。
その顔があんまりにも綺麗で、キスしたいな、と思ったけれど、
駅のホームからの視線を感じたので踏みとどまる。
ほほを触れば、少し冷たい。
まったく貴方はいつも薄着過ぎると思う。
マフラーを外して貴方の首に巻きつければ、くすぐったさに貴方は笑う。
少し適当に巻きすぎたかな、と直していたら、
ほほに貴方の唇がかすめて行った。