咲き誇る桜は、幾重にも重なって山の中に霞がかかったみたいだ。
今日はいい天気。
星の一族の住む館から少し離れたところに桜の名所があるから、と
すすめられて貴方を連れて、少し足を伸ばした。
慣れてきたとは言え、貴方を乗せて二人駆けは少し心もとなかったけれど、
春の日差しの中ゆっくりと駆けるのは気持ちが良かった。
場所を確認しようと二三日前に来たときには満開まではいっていなかったけれど、
ここ数日暖かかったからか、見事に咲いてくれたのは、
貴方が来たせいなのか。
どこかで見守る白龍が、咲かせてくれたのかもしれない。
そう言えば貴方は微笑んでくれた。
「桜、何か色薄い?」
「ああ、これは山桜ですから」
「いつも見てたのと違うの?」
「違いますよ。この時代には確かまだ無いはずですから」
よく知ってるね、と貴方は驚いた。
知識を得れば、何だか自分がよりよくなった気がして、
勉強をするのは嫌いじゃなかった。
「でも、綺麗だね」
「ここを訪れたらどうかと館のものが薦めてくれたんです。
神泉苑も綺麗でしたが、この風景もいいですね」
神泉苑はきっと今花見の人出でごったがえしているだろう。
少し人里離れたこの場所なら二人で静かに眺めることが出来る。
少し前まで桜が苦手だった。
今年もし現代で桜を眺めるなら少し苦いものが混じっていただろう。
けれど……。
こうして手を伸ばせば、貴方は腕の中に納まってくれる。
そしてその微笑みは、俺に向けられている。
貴方が還って来て半年。
貴方が守ったこの世界は今日も美しい。
もう暫くすれば、……貴方は俺の妻になってくれる。
忙しい景時さんや、九郎さんの勤めの都合にあわせて、
あと二週間後には祝言をあげることになっている。
幸せの絶頂と言っても良いくらいだっただろう。
唯一つの問題を除いたら。
それは、まだ、貴方の名前をちゃんと呼べていないこと。
敬語はともかく、貴方はもう先輩、ではないのだから。
馬鹿みたいに上ずる声で今日も『練習』に励む。
「また、来年も一緒に見に来ましょう。
……
…………の、
…………………………望美さん」
「うん、譲くん」
貴方は笑いを堪えながらも、しっかりと頷いてくれた。