「馬鹿!!」

 何でこんなに悲しいんだろう。
 譲くんの顰めた顔が酷く癇に障る。
 何でこんな喧嘩になったのかもう思い出せない。
 ただ悲しくて、むしゃくしゃするこの気持ちを何処にぶつけていいのか
 わからないまま、溢れてくる涙を堪え切れずにしゃくりあげる。
 どうして。
 どうして譲くんが好きなのに。
 譲くんと一緒にいるのにこんなに寂しいんだろう。
 こうやって向かい合っているのに。
 向かい合っているのにわかりあえないから?
 ちっとも譲くんのいってることがわからないから?
 わたしが悲しんでいるのに、譲くんが立ち尽くしたままだから?
 すぐに突っ走ってしまうわたしと、考え込む癖をもった譲くん。
 譲くんはわかって欲しいくせに、なかなか本当のことを言わない。
 それでいてわかって欲しいだなんてわがまま過ぎる。
 でも本当の意味でわがままを言えない譲くんの小さな声を
 聞き逃したくない。
 だからいつも見つめている。
 譲くんの本当の気持ちを置き去りになんてしておけないから。
 譲くんはわたしが何して欲しいか、いつもちゃんと見ていてくれる。
 支えてくれる。
 でもわたしの気持ちがわかるかといえば、そうじゃない。

 わたしの気持ちをわかってくれていると思っていた。

 きっとわたしを誰よりも理解してくれているんだって。
 でも違った。
 だから一番近くにいるのに。
 本当は一番遠くにいる人なんじゃないかと思ってしまう。
 近くにいすぎてお互いが見えないのかもしれない。
 でも、ごめんなさいって謝ってくれれば済むはずなのに。
 譲くんはじっと考え込んだまま動かない。
 わたしはこらえきれずに心にもないことを言ってしまった。

「譲くんなんて、大っ嫌い」

 はっ、と譲くんの瞳に力が戻る。
 大嫌い。その言葉が自分の唇から漏れたとき、ぞっとした。
 何で大好きな人に、こんなことを言ってしまうんだろう。
 本当は違うのに。大嫌いなんじゃなくて、寂しいって言いたいのに。
 でももう声に出してしまった言葉は、取り返しが付かないから。
 唇をかんで俯いた。
 もうこれ以上嫌な言葉が漏れないように。
 譲くんが動く気配がした。
 わたしはなんとなく後ずさると譲くんの腕が伸びてきて、
 気がつけば腕の中にいた。
 心臓の音が聞こえる。
 いつもより、少し早く感じるその音をせつない、と思う。

「……すみません」
「ばか」
「貴方にそんなことを言わせてすみません。
 ……大嫌いなんて……嘘ですよね」

 少し震えるその腕にわずかに込められた力が、わたしを安堵させる。
 嘘にしてあげてもいい、でも今日は許してあげられそうにない。
 そうだ、今日はエイプリル・フール。

「明日になったら、嘘にしてあげるね」

 譲くんは少し考えた後、神妙な顔で頷いた。
 その顔が妙に幼く見えたのがおかしくて。
 首に手を伸ばしてキスをした。

背景画像:空色地図

優しい嘘 譲望ver.