「早く出さなきゃいけなくて、早くしまわなきゃいけないなんて。
……縁起担ぎとはいえ、大変ですね」
「そうなんだよ。早く出さないといき遅れちゃうって言うしね」
今年も有川家の蔵から、雛壇を出す。
7段飾りのまあ……普通の雛壇だろう。
ただ、年代ものだ。
戦前からあったものらしいから。
俺たちは兄弟だから、雛飾りは本当は関係ないのだけれど、
一年に一度くらいは飾ってやらないと可哀想だと言っていたのはおばあちゃん。
あまり大きな雛飾りを飾れなかった先輩のうちの為に、
この雛壇を毎年出していたのかもしれない。
手で触るとかびがつきやすいから綺麗な手袋をはめて、とか、
細かいものを丁寧に扱いなさい、とか、
おばあちゃんの指導が飛んだせいで、兄さんは雛壇を出す日は必ず外出するようになった。
俺は……こういう作業は嫌いじゃない。
型崩れしないように紙に包まれ、一年休んでいた雛を出すのも、
もう一度丁寧に包んで箱にしまうのも。
ただ年を経ているせいか、雛人形が少し怖く見えるのは気のせいだろうということにしておく。
小さな頃は、先輩はおばあちゃんに着物を着せてもらって、
雛壇の前で写真を撮っていた。
俺たちは、別に端午の節句で着物なんて着せてもらった覚えは無い。
ただ庭にこいのぼりを立てて、兜は飾ったけれど。
ひいきだ!と兄さんが言えば、おばあちゃんは片目をつぶって答えた。
「女の子は特別なのよ」
と。
桜餅、菜の花のあえもの、はまぐりのお吸い物、ちらし寿司。
3月3日は決まってそれが出された。
女の子のいない有川家に、春日家の皆さんを招いてのひなまつりは、
おばあちゃんが亡くなるまでの習慣だった。
「ねぇ、譲くん。
桜ってどっちだったっけ?」
先輩の問いに、不意に現実に引き戻される。
壊しちゃいそうで怖いから。
先輩は雛には触らず、道具を主に飾っている。
「えっと、橘が左だから、桜は右です」
「毎年飾るんだけど、わかんなくなるよね」
「いざとなったら写真で確認すればいいんですよ」
「そっか。毎年撮ってたもんね」
「先輩は、ちっちゃいころ着物を着せられて可愛かったですよね」
「えへへー、お嫁さんみたいでちょっと嬉しかったんだ。
おばあちゃんが綺麗にきつけてくれてたよね」
「そうでしたね」
先輩はじっと金屏風を見つめて言った。
「わたしずっとお雛様って、お嫁さんで、これは結婚式なんだと思ってたんだ〜」
「……そうなんですか?」
「だって金の屏風に、綺麗な着物に、お引越しの荷物」
「そう見れば、そうも見えますね」
「わたしもいつかお嫁さんになるのかな〜って思うと不思議だったな。
お嫁さんになるのってどんなことだかわからないくせに。
ドレスとか着物を着たらお嫁さんになるんだろうなって思ってた」
ドレスや、白無垢を着た先輩を思い浮かべ、
……その隣に並ぶのが自分だったらいいと願い思い浮かべた。
モーニングだって、紋付袴だってそこそこ似合うはずだ、と
そこまで夢想してしまった自分に照れ、気まずくなり、
下がってもいない眼鏡のブリッジを上げれば、
先輩はくすり、と笑った。
「何、想像してたの」
「いや、あの、ええと、
……先輩の花嫁姿が綺麗だったので」
「譲くんだって、きっと似合うよ」
「……だと良いんですが」
「譲くんはモーニングよりフロックコートかなぁ。
シルバーとか似合いそう。
あっ、紋付袴は問題ないよね。袴似合うもんね」
「……先輩」
うろえた俺の唇に先輩はぴっと指を当てた。
「譲くんのお嫁さんになったら、その時は先輩って呼ばないよね」
「ええ!?
あの、ええと」
いつか貴方を普通に望美と呼べる日は来るんだろうか。
……まだ時間はかかりそうだけれど、いつか。
期待の眼差しを向ける貴方の期待に今は応えられないけれど。
いつか。
困った俺を貴方は見て、もう一度駄目押しする。
「ね」
「…………はい」