ドアチャイムを鳴らすと、望美の母親が顔を出した。
譲の手元を見てちょっと笑う。
「いつもありがとうね、譲くん」
「いえ。
お邪魔します」
どうぞ、とあけてくれたドアをいつものように入って、
母親にプリンを渡す。
プリンは5つ。
望美の分がふたつと、譲が一緒に食べる分、後は両親の分だ。
望美の分がふたつなのは、晩御飯の後家族とまた食べるから。
長年で培われたその習慣に母親は譲のマメさに苦笑いした。
ぺこりと母親にあいさつをした譲はそのまま二階へあがり、望美の部屋をノックする。
「先輩?起きてますか?」
「……ちょっと待って」
「開けても大丈夫ですか?」
「あんまり大丈夫じゃないかも」
「……おかゆ、持ってきたんですが食べられますか?」
「譲くんのおかゆ!?
ちょっとまっててね!!」
がたがたがたっと音がして、がちゃり、とドアが開いた。
「どーぞ」
「はい、お邪魔します」
部屋はいつもと同じく、望美らしく雑然としていた。
何をあわてていたんだろうかと思えば。
パジャマの上にカーディガンを羽織って、
ぐしゃぐしゃになった髪の毛をみつあみにしてまとめたんだろうか。
貴方はざさっ、と簡単に小テーブルの上を片付けると、
期待の眼差しで俺の手元を見つめた。
俺は脇に挟んできた鍋しきを置いて、鍋つかみで持ってきた土鍋を下ろした。
こういう時は隣って便利だな、と思う。
蓋を取る。
……緊張の、一瞬。
上がった蒸気のけむりに、望美が歓声をあげた。
「きゃーっ!おいしそうっ」
「食欲ないって聞いていたんで、今日は中華風にしてみました」
「中華風?」
「和風のより、しっかり煮込んでさらさらした糊状のものなんです。
好きな具を入れて食べてください」
貴方はただのおかゆよりも、卵でとじたり、
青菜をちらしたりしたもののほうが好きだと知っていた。
こうやって具を何種類か盛り合わせて華やかにすれば、退屈な気分が紛れるだろう。
そう思って中華風にしたのだけれど、思っていたより喜んでくれて嬉しかった。
貴方はちょっとずつすくっては色んな具を試して、感想を述べてくれる。
この組み合わせおいしい、とか。
貴方を喜ばせたくて作っているのに。……これじゃあ俺の方が幸せだな。
勿論貴方の幸せは俺の幸せなのだけれど。
貴方が喜んでくれるから。俺は頑張れるんですよ?
きっと貴方がいなければ、俺の料理の腕はきっとそこそこで止まっていた。
料理は愛情、とはよく言ったものだと思う。
俺の愛情が貴方に食べられていく。そう考えると少し照れくさい。
下がってもいない眼鏡のブリッジを上げれば、
それが俺の照れ隠しだと知る貴方は不思議そうに笑った。
なんとか誤魔化してしまいたくて。
「プリンも作ってきましたよ。
ちゃんと先輩の分はふたつありますから。
俺と食べた後、家族のひとと一緒に食べてください」
「ありがとう!!」
先に俺と食べた後。
家族にも、とおみやげで渡したプリンを、夕食後に食べるのを物欲しそうに眺めていたと
知ってから、貴方の分はいつからかふたつになった。
貴方が元気になってくれれば、それでいいんです。
望美の母親は甘いわね、と言っていたけれど。
それで幸せでいられるならいいじゃないか。
……でも俺は本当に、貴方に甘いな。
貴方がおかゆを食べ終わりそうな気配に、俺は立ち上がり、
お茶の用意をさせてもらってきます、と貴方の部屋を出た。