「どうして来たんですか?」
チャイムを数回ならした後、しばらくたってからドアが開いた。
ドアの隙間から不機嫌そうな譲くんの顔が覗く。
譲くんは、鍵を渡しては、くれない。
貴方がもしかしたら、来ているかもしれないそう期待するのが怖くて。
そして、鍵を渡してしまったら、帰したくなくなってしまうから。
いつか譲くんは苦笑いしながらそう言っていた。
でもわたしのものが少しずつ部屋に増えていくのは許してくれる。
わたしの居場所が増えていくみたいで、少し嬉しい。
でもこんな時呼んでくれてもいいのに。
……そんなにわたし、役に立たないのかな。
そう考えると、少し寂しかった。
「具合が悪いから、今日のデートは中止って言ったじゃないですか」
譲くんは立っているのも辛そうで。
顔が少し赤くて、目が潤んでいるのは熱があるからなのかな。
わたしは強引に譲くんをドアの内側に押し込んで、あがり込んだ。
「譲くんは寝てて。わたしなんとかしてみるよ」
「……貴方に何が出来るんですか?」
余裕が無いからか譲くんの物言いが少し冷たい。
確かに何が出来るかな。
いつもよりも部屋が少し雑然としてるのは、体調が悪いせいだろうか。
見回すと、譲くんはぐしゃっと髪を掻きあげて
「別に、いつもそんなに綺麗にしてるわけじゃないんです。
貴方が来るときには掃除しますけど。……だから来て欲しくなかったのに」
無愛想に言うと、譲くんはベッドに潜り込んでしまった。
立っているのも、辛いのかな。
どうしていいのかいまいちわからなくて、ベッドの脇にすわってみる。
譲くんの額に手を当ててみた。……熱い。
「貴方の手はひんやりとして、気持ちいいですね」
「あっ、おでこになんかあてよっか。
……おかゆでも作る?」
「作ったこと無いでしょう?」
確かに。
わたしが風邪をひいたときは譲くんがおかゆ、作ってくれるのにな。
とびきりおいしくて、風邪なんかいつもそれで治ってしまう。
「作ってみないとわからないよ」
「……おかゆ、意外と時間がかかるし、難しいですよ。
……それなら買い物行ってきて貰えますか?
レトルトのおかゆと、豆乳と。ビタミン系ののみもの。それだけあればなんとか」
「レトルト?豆乳?」
「おかゆはただのおかゆでお願いします。たまごがゆとかじゃないやつ。
……とにかく、それをお願いします」
譲くんに強引に押し切られ、わたしは財布をつかんでコンビニに向かった。
譲くんに頼まれたものと途中で目に入った『それ』を掴んでレジに向かう。
途中の薬局でひえるシートも買った。
おでこに貼ったら気持ちいいだろうな、と思って。
譲くんの部屋に戻る。
物音でわたしが帰ってきたことがわかった譲くんは、
わたしにおかゆに豆乳を入れて、時間通りチンしてください、と言った。
わたしにもそれくらいなら出来る。
譲くんにビタミンウォーターを渡し、おでこにシートを貼って、
キッチンに立つ。
譲くんの聖域。
わたしは片付け以外にそこに立ったことはなかった。今まで。
そっとどんぶりにおかゆと豆乳を入れてレンジにかける。
『それ』は冷蔵庫にしまった。
冷えていたほうがおいしいし。
チン!という音がして回転がとまったそれを取り出す。
しょうゆをひとたらし、してください。
譲くんの指示が飛んだけれど、わたしは自信がなかったから、
おかゆと一緒にしょうゆも持って譲くんのところに戻った。
ほかほかしたおかゆにしょうゆをひとたらし。
レトルトのおかゆとは思えない出来。
ベッドから起き上がった譲くんはフリースを羽織ると、
台所へ行き、れんげとうつわをふたつ持ってきた。
「折角だから一緒に食べましょう」
譲くんはちょっと笑って、わたしにうつわとれんげを手渡した。
パラパラとちぎった海苔も加わって、いい匂い。
ちょっとずつすくって食べる譲くんの顔を見れば、譲くんは笑ってくれた。
「貴方が来てくれて、ほっとしました」
困ったときには呼んで欲しいのに。
じっと見つめれば、困ったように笑って、
「貴方が頼りにならないなんて思ってないんですよ。
ただ、風邪をうつしたら申し訳ないですから」
「いいのに」
「よくないですよ。
買い物に行ってくれて助かりました。ありがとうございます」
「……おかゆ、わたしには無理だったかな」
「ちょっと今日は、失敗して落ち込んだ貴方を励ます余裕も、
失敗したおかゆを引き受ける体力もないし。
おかゆ……吸水させる時間が結構かかるから。
早く、貴方を帰さないと、その、移してしまったらまずいし。
……でも、いつか貴方の作ってくれたおかゆ食べてみたいです」
「ちぇー。
譲くんのおかゆって本当においしくて、いつもすぐ元気になっちゃうのにな〜」
「そりゃあ、そうですよ。
貴方が元気になりますようにって、思いを込めて作ってますから」
ぱんと手を合わせてごちそうさまでした。
と、言い合う。
譲くんがこの家でひとり暮らしをするようになってからの習慣。
ベッドに戻ろうとする譲くんをちょっと引き止めて
わたしは冷蔵庫から『それ』を取り出した。
ちょっとこのままだと大きいかな。
包丁で半分ずつにしてガラスのうつわによそう。
「はい。熱のおみまい」
「桃缶ですか?」
「熱があるとき食べるとおいしいんだよ」
譲くんは少し考えて、言った。
「食べさせてもらってもいいですか?」
「えっ、うん。……いいよ。
じゃあ、譲くんの風邪が治りますように、あーん」
譲くんはひとくちでぱくりと食べると、
幸せそうな顔で笑ってくれた。