「金環日食がこのタイミングで良かったですね」
「そうなんですか?」
「ええ。これ以上望むべくも無いほどです」
幸鷹さんはにこにこしてハンドルを切った。
今日幸鷹さんはずっと上機嫌でわたしも嬉しくなる。
金環日食が起きるのは月曜日の朝七時半。
膝の上にのっているかばんの中には制服も入っている。
明日一緒に日食を見た後、幸鷹さんが学校まで直接送り届けてくれるから。
つまり今晩は幸鷹さんのお部屋にお泊り。
もうお母さんの許可は貰っている。
金環日食を一緒に見たい、なんて理由だから簡単にOKは出た。
むしろお父さんもお母さんも幸鷹さんに全幅の信頼を置いていて、
何だか時々気恥ずかしいくらいだ。
さっき寄ったスーパーで、今日の晩御飯と明日の朝御飯の買い物も済ませた。
あとはずっと二人きりで過ごせる。
……幸鷹さんが、宿題は済みましたか?なんて言い出さない様に、
課題は待ち合わせの時間までに終わらせた。
幸鷹さんは優しいけれど、そういうことは容赦ない。
やるべきことをやらないのは良くありません。
やってしまえばすぐに終わってしまうでしょう?
心置きなく過ごすために先に済ませてしまいましょう。
そうにっこり笑って……折角の二人きりの時間が勉強会になってしまったのは
一度や二度ではない。
幸鷹さんに教えてもらえる時間は結構好きだけど、
そればかりになってしまうのはちょっと寂しいとこっそりため息をつくと、
どうしました?と幸鷹さんはこちらを向かずに尋ねた。
まっすぐな眼差しで丁寧な運転をする幸鷹さんを見ているのは好き。
横顔を遠慮せずに見ていられるから。
真面目な幸鷹さんは信号で停車している時以外は絶対に余所見をしない。
赤信号で車を止めた幸鷹さんはおもしろそうにわたしを見る。
「人をじっと見て。なんですか?花梨?」
「いけませんか?」
「別にいけなくはないですが、私は貴方を見ていられないのに、
貴方ばかりずるいと思って」
「明日の朝まで一緒にいられるから、嬉しかったんです」
「……私も嬉しいですよ。
金環日食の時間が昼ごろであったり、曜日が月曜以外の平日なら、
貴方と一緒に見ることなど出来ませんでしたから。
月曜の朝早くだからこそ、こうして貴方と一緒に一夜を過ごすことも出来ますし。
それに」
「それに?」
「完全な日食とはなかなか起きることではありませんから。
貴方と一緒に見れると思うと嬉しいのですよ。
こうして帰ってきたからこそ、その瞬間に居合わせることが出来るのですから」
帰ってきた甲斐がありましたね。
にっこりと笑うと幸鷹さんは、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。