貴方が頑張ってくれたお陰で京は新しい年を迎えられたというのに
 満足に労う事も、訪うこともできずに時間ばかり過ぎていく。
 龍神を召喚した貴方は疲れきっていた。
 笑顔でこの京に留まると言って下さった貴方はそのままぐったりと深い眠りに落ちた。
 私の腕の中で眠った貴方の重さに切なくなった。
 そっと寝かせて、その場を辞して以来貴方の顔は見ていない。
 今宵は帝主催の宴。
 この先、院の宴、左大臣、右大臣と宴は毎夜果てなく続く。
 儀式と宴で半分を費やすのが正月の習いだとしても、
 酒の席の後に貴方の元へ訪れるのは気が引ける。
 貴方の顔を見れるのはいつになるのだろう。
 上る月が次第に満ちていくのを、ただため息をついて眺めれば、
 彰紋様の侍従がこちらへ、と合図する。
 隣席の相手に礼をして侍従についていけば、彰紋様と泉水殿が待っていた。

「どうされました?」
「……本日紫姫が労いの宴を催して下さるそうですよ」
「今夜、ですか?」
「ええ」
「……神子殿の体調が戻られたそうです」
「それは良かった」
「……お会いになられたくはないのですか?」
「ですが、今夜は」

 彰紋様と泉水殿は微笑みあってこちらを見る。

「……幸鷹殿は本当に仕事熱心ですね」
「本当は神子殿を一番気遣っていらっしゃるのでしょうに」
「いえ……」
「今宵はこのまま四条の館に向かって良いと帝からお言葉を頂きました」
「……!!
 そんな恐れ多い」
「帝はそれで神子殿を労うことが出来るのなら安いものだと、
 快く承諾してくれました。
 明日からの宴の方が貴方は欠席するなどもってのほかでしょうし、
 何よりぼくたちがいない方が、皆さんの酒が旨くなるというものでは?」

 いたずらっぽい視線で彰紋様は笑った。
 貴方に会いに行きたいけれど、こんな職務を放棄するようなことは。
 迷う私を、彰紋様は少し怒りを含んだ目で見つめた。

「貴方の為にこの京に留まられた神子殿の願いを、
 無下にされるというのならお任せしてもいいと身を引いた
 ぼくたち八葉の信頼を貴方は裏切ったことになります」
「……そんなことは!!」
「この京を護ってくださった神子殿のささやかな願いを、
 幸鷹殿なら聞き届けてくださると信じておりましたのに」
「彰紋様、泉水殿」

 私が貴方に会いたいと思っているように、
 貴方が私に会いたいと思ってくれているのなら行かないわけにはいかない。

「…………このような事情で、職務を放棄するなど。
 今までの私の人生にはありえなかった事ですね」
「でも、それは悪いことではないのでしょう?
 では、参りましょうか」

 彰紋様と泉水殿はにっこりと笑うと先導して歩き出した。
 もう既に私の牛車も車止めに待機している。
 私がそちらに向かうことは、もう既に定められたことだったのか。
 苦笑いして、車に乗れば、牛車は待ちかねたように動き出した。


 
「幸鷹さん!?」

 貴方は私の姿を認めるとぱたぱたと駆け寄ってきた。
 きっといつもの姿では寒いからと紫姫に着せられたのか、
 スカートではなく今日は水干に袴を召している。
 それに足をとられたのか、貴方は体勢を崩し、咄嗟に抱き寄せれば、
 自然と私の腕の中に貴方は納まった。
 きゅっと衣を握り締め、会いたかったと言って下さった貴方を
 思わず抱きしめれば、周囲から口笛が飛んだ。

「ヒューヒュー。そういうのは誰もいないところでやってくれよ」
「別当殿も隅に置けない。まったく油断ならないね」
「そうだそうだー」

 宴が始まる前に既に集った人間は呑んでいたらしく、
 出来上がっている人もちらほら見かけた。

「折角真に御仕え出来る方と巡りあえたと思っていたのに」

 ……頼忠がはらはらと涙を零している。
 泣き上戸だったのか。
 勝真が苦笑いしながら、頼忠に酒をついでやっていた。
 泰継殿は淡々と顔色も変えずに呑んでいるのだが、提子がいくつも転がっている。
 さすがというべきなのかどうか迷うところだった。
 どれほど呑んでいたというのか。
 確かに私たちも宴を中抜けしてこちらへ参じている。
 それ相応の時間を呑んでいたに違いない。
 紫姫が、にこやかに宣言した。

「皆さんおそろいのようですわね。
 改めて宴をはじめましょうか。神子様何かお言葉はありますか?」
「えっ、わたし!?
 ……あのう、えっと。
 新年明けましておめでとうございます。
 こうやって新しい年を迎えられたのは皆が頑張ってくれたお陰だと思います」
「神子殿が頑張って下さったお陰です」
「そうだそうだー」
「お前が頑張ったからだぞー」
「神子様のお言葉はまだ終わっておりませんわ」
「そうだそうだー」

 野次が飛び交う宴の雰囲気に花梨はのまれたのか、困惑して
 私を見上げたので、手を握る力を少し込めれば、

「……わたしも精一杯頑張ったけど、やっぱり皆がいてくれたから
 頑張れたのだと思うので、お祝いできてうれしいよ。
 色々考えたけど、わたしはこの京が好きだからこっちに
 ずっといることに決めました。
 これからも、皆よろしくね」
「当ったり前らろ!!」
「別当殿と一緒なのが癪に障るがね」
「そうだそうだー」
「幸せにしろよ〜幸鷹ー」

 急に廻ってきた矛先に一瞬怯んだものの、先ほどの彰紋様の言葉が蘇る。
 私を見上げてくれるその笑顔が曇ることがないように、ここで誓おう。 

「ええ、必ず」

 神子殿の手をしっかりと握り、そう言えば。
 一斉に怒号のような野次が飛んだ。

「でめー、この席でそれを宣言するとか空気読めー」
「勝手に幸せにがりやがれー」
「神子殿。うっうっうっ。…………うぅ?」
「この朴念仁がぬけぬけと本当に腹ただしくてならないね。
 白菊、この男に飽きたら伊予においで」
「その時は俺でもいいぜー」
「いやオレでも」
「ぼくでも」
「数ならぬ身ですが私でも……」

 詰め寄ってきた皆に、貴方は一瞬怯んだように身を引くと、
 頬を真っ赤に染めて俯いた。

「…………そんなことは、きっとないよ」

 がっくりときた皆は、猛然と呑み始めた。
 悪いな、と思いつつも内心喜びを隠し切れない。
 こみ上げてしまった笑顔を完全に隠すことが出来ず、それを見た皆に
 完全に無視を決め込まれたので、私は廂に貴方を誘った。
 冷たい風が宴で火照った頬に気持ちいい。

「今日は来てくれて嬉しかったです」
「私も貴方に会えて嬉しかった。それにあの言葉も」
「幸鷹さん」
「……私に出来ることなど多くはないし、心配をかけることもあるでしょう。
 でも、私に出来うる全てで幸せにします。必ず」

 はい。と応えてくれた貴方が愛おしくて、私は貴方の唇に口付けた。

背景画像:Abundant Shine

おめでとう 幸花ver.