「綺麗」

 見上げた先に連なる光のアーチは確かに美しい、と思う。
 ちらりと視線を向ければ、花梨はうっとりと見入っている。
 見ることに集中しすぎて、歩くのが少しおぼつかない。
 手をしっかり握っていなければ、人の波に流されてしまうだろう。
 苦笑いして、手を握りなおす。
 握りなおしても、花梨は何の反応も見せない。余程気に入ったのだろう。
 彼女が見たい、と言ったので叶えたかった。
 少し遅くなってしまったけれど、こんなに喜んでくれるのなら一緒に見れて良かったと思う。
 けれど、花梨が浮かべているのは嬉しそうとか、楽しそうとか、そういう表情ではない、
 どこか遠くを眺めているような、恍惚とした瞳で光の門を見つめていた。
 この眺めが美しい、とは思う。
 けれど、魂をどこかへやってしまったような花梨から目を離すことが出来なかった。
 何だか、また何処かへ行ってしまうようなそんな気がして。
 門を眺めながらも、花梨の手の暖かさを確かめていた。
 ゆっくりと進む人の波と共に、光の門は終わる。
 ふう、と溜息をついた花梨はいつもの花梨で、安堵の溜息をついた。

「綺麗でしたね」
「そうでしたね」

 私の少し気のない返事に花梨は首をかしげた。

「幸鷹さんは、こういうの好きじゃないんですか?」
「そんなことはありません」
「……そうですか?」
「ええ、綺麗だと思いますよ」

 振り返り、再度光の門を眺め、手を握る力を少し強めた。
 貴方をもう何処へもやらない。
 ……そんな風に思う自分がおかしいとは思う。
 貴方は一度別の世界へ渡ったのだ。私と同じように。
 一度あることが二度とないことなどは言えない。
 神泉苑の空の上から舞い降りた貴方を抱きしめた瞬間を思い出す。

「……幸鷹さん?」

 迷惑でしたか?とでも言いたげな瞳は不安に揺れている。
 そんな顔をさせたいわけではない。

「……綺麗過ぎて、少し怖くなったのです」
「どうしてですか?」
「貴方はとても気に入ったようですが?」
「すっごく綺麗でした!幸鷹さんと一緒に見られて幸せだなあって思ってました」

 満面の笑顔を浮かべ、一緒に見れて幸せだと言ってくれる貴方が愛おしい。

「綺麗だとは思ったのですが、
 貴方が真剣に見入っていたので、なんというのか……
 この門の先に別の世界が広がっているのなら、貴方がまた呼ばれていってしまうような
 そんな気がしたのです。
 ……おかしいでしょう?」
「……そんなことないです」

 花梨は真剣な眼差しで見つめてきた。

「わたしも、ちょっと不安になること、あるんですよ。
 ……幸鷹さんがまた事故に巻き込まれていなくなってしまったらって。
 ちょっとだけ考えたことはあるんですよ」
「……」
「あるわけないって思っても。実際にあったことだから。
 だから少し考えてしまうのかもしれません。
 でも今は一緒にいて、こうして幸せだから、……いいのかなあって思っちゃうのかも」
「……私も、幸せですよ」

 貴方とこうして一緒にいて。
 一緒に綺麗なものを眺めていて。

「……折角だからもう一回見ましょうか」

 私の提案に貴方は頷いて、もう一度門の始まるほうへ歩き出すと、
 その光の門は一瞬にして消えた。

「消灯時間だったんですね」
「あっと言う間でしたね」

 まだ門を潜り抜けていなかった人々から不満の声があがっていたけれど、
 美しいものだったらこれくらいあっけなく消えるのも当然なのかもしれない。
 そんな気がした。
 光の門だった意匠はとても綺麗な模様だったけれど、光という魔法が解けて、
 ただの装飾になっている。
 不思議と光が消えてしまえば、何の畏れも感じなかった。
 残念だ、という気持ちもあったけれど、どこかほっとしたようなそんな気がした。

「……残念でしたか?」
「しっかり見たからいいですよ。
 でも、また来年一緒に見たいです」
「ええ、必ず」

 満面の笑顔を浮かべた貴方は、小さくくしゃみをした。
 ずっと外にいたから冷えたのだろうか。
 暖かい飲み物を一杯飲んだら帰りましょうか。
 貴方は頷いて、きゅっと腕につかまった。


クリスマス2010 幸花ver.