「幸鷹さん、今日ポッキーの日なんだそうですよ。
 知ってました?」

 いつものように居心地の良すぎるソファーに座って、
 幸鷹さんは本を読みながら、わたしは雑誌をめくりながら、
 コーヒーを飲んでいた。
 幸鷹さんは急に本から目を離したせいで僅かにずれた眼鏡を抑えて
 知りませんと首をかしげた。

「11月11日だから、ポッキーの日なんだそうですよ」
「……そういう記念日のあり方は私にはよくわかりません」
「わたしもそう思います。確かにこじつけっぽい感じはします」
「だから買ってきたんですか?」

 コーヒーの隣に置かれた緑の箱。
 赤いのも好きだけど、幸鷹さんはビターチョコの方が好きだから。

「まあ、そんなところです。
 たまには、いいでしょう?」
「確かに。懐かしいですね」

 ガサっとパッケージを開ければ、広がるチョコレートの香り。
 一本取り出して、幸鷹さんに渡そうとしたら、
 幸鷹さんはそれを直接口に咥え、おどけて笑って見せた。
 それを見て、これから言おうとしたことが急に恥ずかしくなる。
 でも、そのためにわざわざ買ってきたんだし。
 かりかりと食べながら、幸鷹さんの視線が本に戻る。
 自分から視線が外れて、ちょっとだけ勇気がわいた。

「あの、幸鷹さん」

 はい。と幸鷹さんはこちらに目線を向けた。
 眼鏡の向こうの瞳は、今日もわたしの好きな色で。
 ゆっくりと瞬きをするその瞳に一瞬引き込まれそうになる。
 わたしは軽く息を吸って勢いをつけた。

「ポッキーゲームって知ってますか?」
「いいえ?」

 貴方はよくわからない、という顔をした。
 でも、くすりと笑って。

「花梨はそれがしたかったから、わざわざ買って来たのでしょう?」
「えっと、……そうです」

 いいですよ。
 にこにこと笑う幸鷹さんに、それがどんなのことなのかを伝えるのに一瞬迷う。
 やっぱり、ちょっと恥ずかしい。
 急にもじもじしたわたしに、一瞬不思議そうな顔をした後、
 少し考える時のいつもの仕草をして。

「こういう、ことですか?」

 幸鷹さんは一本ポッキーを袋から引き抜くと、
 わたしの顎をちょっと持ち上げて、口に差し込んで。
 反対側を咥え、おどけて笑って見せた。
 驚いて咥えたままのわたしに少し笑うと、
 幸鷹さんはかりかりと食べ進め、食べきると軽くキスをした。

「……正解でしたか?」
「…………はい」

 照れてうつむいたままのわたしに、幸鷹さんはちょっと満足そうに笑った後、
 チョコレートがついてますよ、と言った。
 恥ずかしくなって慌てて指でこすろうとしたら。
 幸鷹さんの唇がもう一度、振ってきて……暖かい感触が唇の上を貼った。
 びっくりして後ずされば。
 幸鷹さんは、だって勿体無いでしょう?
 そういって満足そうにコーヒーカップを手に取った。

背景画像:Abundant Shine

ポッキーゲーム 幸花ver.