信じたくない話を聞いてしまった。
 女房たちの噂話なんて、と聞き流すつもりでいたのに
 ……幸鷹さんの名前が出たから。

 断りにくい縁談の話。
 もう何度目の話なんだろう。
 幸鷹さんはいつもやんわりとうまく断ってはくれるけれど、
 いつも苦労している。
 今度は彰紋君の妹……つまり皇女様と幸鷹さんの縁談の話が持ち上がっているという。
 その話は聞いていた。
 ……彰紋君と泉水さんから。
 いつものことですから、気になさらずお過ごし下さいと、
 二人は言ってくれたのに。
 女房達は、その皇女の素晴らしさ、なんかを話していた。
 もやもやしていたものが形になっていく。
 ここは現代じゃない。
 だから、幸鷹さんは他に奥さんを持つことが許されているし、
 ……みんなそれを当然だと思っている。
 逆にわたししか妻がいない状態を変だと思っているくらいだ。
 変り種なわたしよりも、ずっと相応しい人はいると思う人がいても当然だろう。

 考えちゃ、だめだ。
 そう思うのに。形になってしまったその女性の存在を意識してしまう。
 一番貴方が愛されているのだから自信を持ってと言ってくれるけれど、
 一番、二番の問題じゃない。
 別に大切にしなきゃいけない人が出来るということが、
 どれだけ苦しいことなのかわかっていて皆そんな慰めを言う。
 それが悔しかった。

 いつものように仕事を終えて帰ってきた幸鷹さんを
 ぴかぴかの笑顔で出迎えたい、と思うのに顔を見れない。
 すまなさそうな顔をされても、疲れたような顔をされても。
 そんな表情はいま、見たくなかった。

「花梨?」

 怪訝そうな顔でわたしを覗き込む幸鷹さん。
 わたしの様子がおかしいことは一瞬で見抜かれてしまう。
 考え込んだ表情を盗み見て、溜息をつく。
 わかって欲しいのに、わかって欲しくない。
 どっちなのか自分でもよく、わからない。
 幸鷹さんは思い当たる節があるみたいだった。

「あの噂を耳に入れたのですね」
「……どんな、噂ですか」

 完全に拗ねてしまっているわたしを困ったような顔で見つめた後、
 幸鷹さんは笑った。

「皇女の降嫁のお話です。
 私には貴方以外、必要ないというのに。
 何故皆放っておいてくれないのか」
「……わたし以外に相応しい奥さんを持ったほうがいいって
 皆が思っているからでしょう?」
「私は、貴方以外は欲しくないのです。
 ……妬いてくださっているなら、きっと貴方も私の気持ちと同じ、と
 言っても良いのでしょう?」

 素直に頷くのも、癪で。
 顔をそむけたまま、幸鷹さんの腕の中に収まる。
 こんなに居心地のいいここをわたしは去ることなんて、出来ない。

「……今日がいつだか知っていますか?」
「四月の一日です」
「……エイプリルフール、懐かしいですね。
 では、明日にはこの話が嘘になるように、きちんとお断りして参りましょう」
「……幸鷹さん」
「根回しはもう、済んでいますから。
 貴方に心配はさせたくないのに。
 ……でもこんな風に妬いてくださるのならたまにはいいかもしれませんね」
「幸鷹さんの……」

 ばかと言う前に、幸鷹さんの唇が降ってきた。
 ……こんな風にごまかすのなんてずるい。
 そう、思うのに。逆らえやしない。
 ちゃんと嘘にして来てくださいね。
 そう言えば、幸鷹さんは必ず、と約束してくれた。

背景画像:空色地図

優しい嘘 幸花ver.