「よく出来てますね」

 幸鷹さんはしげしげと雛人形を見つめている。
 あんまりにも熱心に見ているのでこっそり笑えば、
 幸鷹さんは苦笑いした。

「幸鷹さんは雛人形珍しいんですか?」
「うちにはあったのかもしれませんが、飾ったところを見た覚えがないんですよ。
 姉は、もう結婚してますし、年も離れているし。
 この時期に日本にいなければ飾りませんしね」
「確かに、この時期じゃなきゃ、飾りませんよね」

 幸鷹さんの視線が随身の人形にあることに気付く。
 上の三段の服はちょっと時代が違うけど、この左右の大将の服は、
 あの時代の装束に少し似ていた。

「幸鷹さんの服は、少し違いましたよね」
「近衛府にいた時は、こういう装束を着ていましたよ」
「そうなんですか?」
「ええ。これば武官の装束ですから。
 今思うとよくこんな重ねを着ていられたなあと思いますよ。
 今のほうがもしかしたら、こんな軽い服装になったせいで、
 体力が落ちているかもしれません」
「でもあちらのほうが歩いたりが少なかったですよ?」
「まあ、女性はそうですね。
 でも花梨が髪を伸ばして、こういう装束を着ているのを
 見てみたかったような気もしますね」

 十二単!?
 紫姫が重そうに着ているのを見て疲れそうだな、と思っていた。
 走り回れる水干の方がわたしの性にはあっていたけれど、
 でも微妙な色の衣を幾層にも重ねたあれは確かに綺麗だった。
 それに、あの衣装は紫姫みたいな綺麗な髪の持ち主にこそ映えると私は思う。

「ええ?
 わたしあんなに長いの似合わないですよ。猫っ毛ですし」

 めいいぱい否定したわたしを幸鷹さんは一瞬驚いたように見て、
 わたしの髪をくるくると指で弄ぶ。
 そのくすぐったさにわたしは笑った。

「確かに、貴方の髪は柔らかい。
 でも、そうですね。
 貴方がどんな色が似合うのか、貴方に衣を贈ってみたいと思っていましたよ。
 水干姿も良く似合っていましたけど、ね」
「幸鷹さんのあの装束も良く似合ってました。あの蒼い色が凄く綺麗で。
 対の屋の向こう側から見えるとドキドキしました。
 今日も一緒にいられるんだなあって」
「そんなことを思ってくださっていたのですか?」
「あっ、ええっと、……ええ、まぁ」

 うっかりと今で口にしたことがないことを口走り、
 ちょっと後悔。
 でもあの目の覚めるような蒼い衣は幸鷹さんに良く似合っていて、
 わたしは好きだった。
 幸鷹さんは嬉しそうに笑うと、わたしに腕を回した。
 優しく抱かれた腕から、ふわりと漂う薫り。

「幸鷹さん、何かつけているんですか?」
「……あちらではずっと香を使っていましたからね。
 なんとなく香りがないと落ち着かないのですよ。
 花梨は、嫌いですか?」
「いいえ。落ち着くいい香りです。
 ちょっと侍従に似てますね」
「貴方もあちらでは侍従を良く焚き染めておられた」
「……幸鷹さんが侍従が好きだって言ってたから、あの、その。
 自分には大人っぽいと思っていたんですけど。
 自分の侍従香は幸鷹さんより少し甘い香りだったからいいかなって」
「貴方が侍従をまとっておられて、私は嬉しかったですよ」
「……そう、ですか?」

 幸鷹さんの笑顔をわたしは直視できなくて、ぱっと目を逸らしてしまう。

「ええ。
 もし、良ければこの香りには女性用もあるんです。
 学校もあったりであまりつけたり出来ないでしょうけれど、
 貴方が気に入ったなら……贈ってもよろしいですか?
 そうですね、ホワイトデーのお返しにでも」
「嬉しいです」
「デートの時にでも使ってもらえれば嬉しいですよ。
 でも」

 少し思案顔の幸鷹さんはこっそりと耳打ちした。

「わざわざつけてもらうのもいいですが、
 移り香というのも、また艶でいいですね」
「…………もう!幸鷹さんのバカ!」

 どん!と勢いに任せてわたしは幸鷹さんの胸をどついた。

背景画像:空に咲く花

ひなまつり 幸花ver.