「ふああ」

 自分でも笑ってしまうくらいの大きなあくびが出た。
 明日は月曜日。グラマーが当たる。
 英語はそんなに得意じゃない。
 英単語が頭の中でちっとも文章にならないんです!と言ったら
 幸鷹さんは笑った。
 普段話せばすぐ出来るようになりますよって言ってくれたけど、
 幸鷹さんと普通の人の頭のつくりはどうも違う気がする。
 いつか外国も旅しようね、なんて話すけどこのままじゃ
 幸鷹さんの英語力に頼りっぱなしになってしまうかもしれない。
 それは情けないなあと思いつつ、時間を見ようと携帯電話を手に取った。

 23時55分。

 あと五分で今日が終わる。
 幸鷹さんは絶対……起きてるだろうな。
 今かけたら時間が遅いとか、早く寝てくださいとか言われるのかな。
 でも今、声が聞きたい。
 電話だと幸鷹さんはあんまりしゃべってくれない。
 男の人ってそうなのかな。
 お父さんもなんでそんなに女は長電話が好きなんだって言うし。
 電話越しの幸鷹さんの声は好き。
 なんだか独特の響きがあって。
 少し考えながら話すのかいつもよりゆっくりとした口調で。
 耳の中にすとん、と落ちてくる。

 23時57分。

 あと三分だけなら。幸鷹さん許してくれるかな。
 幸鷹さんの番号を呼び出して、通話ボタンを押す。
 くぷーっ・くぷーっ・くぷーっ
 呼び出し音三回で幸鷹さんは出てくれた。

「もしもし」
「……花梨?」
「はい」
「どうしたんですか、こんな時間に」
「幸鷹さんにおやすみって言いたかったんです」
「……そうですか」

 電話の向こう側で幸鷹さんが微笑んでくれた気配がする。
 いつもと何だか少し声のトーンが違うなと思って尋ねたら、
 少し呑んでいるのだと貴方は言った。
 カランとグラスと氷がぶつかる音が電話越しに聞こえる。

「幸鷹さん飲んでるんですか」
「ええ、寝酒に少し。今日は何だか寝つきが悪そうなので」
「意外です」
「そうですか?まあ……わたしだってそういう気分の時はあるんですよ、花梨。
 まあ貴方がとなりに居てくれたらきっとよく眠れるんでしょうね」
「幸鷹さん!」
「でもこうして貴方の声が聞けたので、今晩は眠れるような気がします。
 ありがとう、花梨」
「あ、幸鷹さん」

 0時0分

「一日の終わりにこうして貴方の声が聞けるなんて幸せですね」
「そうですね」
「でもいつか貴方の言うおやすみをスピーカー越しでなく聴ける日が  早く来たらいい、と思いますよ」

 そう幸鷹さんは言って、お互いにおやすみを言って電話を切った。

背景画像:ミントBlue

一日の終わりに 幸花ver.