扉の向こうに
ラウンジにもう皆集まっているのに、ショナが来ていない。
声をかけにいこうかと思ったらやんわり止められた。
皆研究に没頭しているから放っておけばいいと言う。
皆にとってはこの状況が普通のことなんだろうか。
折角のパーティなのに。
いつものように優雅にシャンパンを傾けながらキーファーが薄く笑う。
「それがショナの幸せなのだから、邪魔をすることはありませんよ。
彼は、お前のような凡俗を絵に描いたような娘とは住む世界が違うのですから」
「……どういうこと?」
食って掛かろうとしたわたしにジョヴァンニが宥めるように口を開いた。
「別に深い意味なんてないよ。
キーファーはただショナのお楽しみを邪魔しちゃ悪いって言ってるのさ」
「でも……」
「ボクらはボクらで楽しめばいいってことさ」
「ジョヴァンニまで!」
「やめないか。それ以上の言い合いは無意味だ。
テレサ」
見かねたようにカインが割って入る。
はいはいカインはいつも正しいからねとジョヴァンニが興味を無くした様に、
肩をすくめて笑うと再度カードの輪に加わった。
ユージィンもルノーを気遣うふりでこっちを見ようとしない。
誰もここにショナがいなくていいと思ってるの?
落胆したわたしはカインを見つめると、カインは困ったような複雑な微笑を浮かべ、
ただわたしに一言頼めるか、と言った。
わたしは部屋に篭りきりのショナに会いたかった。
何だか最近避けられている気がしたから。
だからパーティに引っ張って来れなかったとしても顔が見られればいいと思った。
緊張しながら、ノックをするとショナが怪訝そうな顔で扉を開けた。
「こんばんは、ショナ」
「……テレサ。
どうしたの?」
「どうしたの、じゃないよ。
今日祝祭日のパーティだって知らせておいたでしょう?」
「ああ……」
興味なさげな表情でわたしを見つめる。
普段だってぬけるように白い肌なのに、明らかにいつもより顔色が悪い。
目が爛々といつもより力に満ちているのは、
今ショナの知識への欲求が満たされているから。
洞窟で見つけた色の異なる魔導石……魔導宝石に夢中になっている。
休暇中で執務がないから食事もそこそこに一日中研究に打ち込んでいる。
それがショナの幸せなのはわかっている。
心配するほうがお節介だということも。
でもカインの『頼む』という言葉がわたしの背中を押す。
わたしは……別に、間違ってはいない。
わたしの考えを押し付けることが、ショナにとってただの迷惑だとしても。
「ごちそうもたくさん用意したんだよ?」
「ごめん、今はいいよ……」
「レヴィアス様もいらしてるよ?」
「出席しろって命令は出ていなかった筈だけど」
「……そうだね。
でも……」
「もういいかな。
休暇が終る前に研究をもう少し形にしておきたいんだ」
「あっ」
ショナが扉を閉じようとするのを察して思わずカインが、と声に出すと、
初めてショナがわたしに興味を持ったように目線を上げた。
「カインが何」
「カインが、そのわたしに頼むって」
「そう」
ショナが何か納得した顔で頷くと、そうだろうねと呟いた。
わたしはもうこれ以上ショナをこちらがわに引き止める材料がない。
誘ってくれてありがとうといいながらショナが静かに扉を閉めるのを
黙って見ている事しか出来なかった。
住む世界が違うというキーファーの言葉が蘇る。
ドアの向こう側のショナの世界にわたしは入っていけない。
むしろ、ショナに世界の外側に締め出されてしまったような寂しさを感じる。
『わたし、ショナに避けられてるのかな?』
どれくらいそのままでいたんだろう。
ラウンジにいつまでも戻らないわたしを気にかけてカインが来てくれるまで
どれだけの時間が経ったのか自分ではよくわからなかった。
「……テレサ、ご苦労だったな」
「カイン。
折角頼んでくれたのに、ごめんなさい」
「いや、声をかけるということが重要なのだ。
結果を君が気に病む必要はない」
「どういうこと?」
カインは閉じられたドアに目をやると静かに首を振った。
話してもきっとわたしにはわからないことなんだろう。
いつだってきちんとわかるように説明をしてくれるカインがそうするということは、
わたしには本当に理解できないことなんだろうか。
「……折角のパーティだから君には楽しんで欲しい」
「でも」
わたしをラウンジに戻るようカインは促し、廊下を戻る。
ショナの部屋から遠ざかってしまう。
落胆したわたしにカインが優しく声をかけてくれる。
「テレサ。
君の作った菓子は、今日のもとても美味かった」
「ありがとう」
「……折角だからショナの分を残しておいてやってくれないか」
「!」
今晩のパーティのケーキは特別に頑張った。
勿論皆に喜んでもらえればそれで充分だけど、
やっぱりショナにも喜んでもらいたい。
今食べてもらえなくても、後で食べてもらえるのならそれでいい。
ショナに対してわたしは何も出来ないかもしれないのが哀しかったから、
だから少しでも何か出来ることがあるのが嬉しかった。
次第に元気が戻ってくるのを感じる。
「カイン、ありがとう」
「……いや、こちらこそすまない。よろしく頼む」
わたしの顔に力が戻ったのを確認するとカインは頷いて微笑み、
ラウンジの扉を開けた。
結局ショナは来なかったけれど、精一杯皆とパーティを楽しんだ。
一晩たってすっかり静まり返ったラウンジを見ると何だか寂しくなった。
騎士団の休暇は終わる。
こんな風に顔を合わせられることはどれだけ減ってしまうんだろうか。
とりあえず早く片付けを済まして、ショナに昨日のケーキを持っていこう。
顔を見る理由が今は欲しい。
ショナの部屋の扉を開ける理由が。
ショナの為に残していた食事とケーキ、そしてプンシュ入りの紅茶。
この時期につきものだったそれが飲みたくなったのは、
気候が違っても祝祭日を祝う気分を少しでも味わいたかったから。
ポットから漂うラムの香りに勢いを貰ってショナの扉をノックする。
昨日と同じように少し間が空いてからショナが顔を出した。
雰囲気でわかる。
ショナはきっとあの後眠っていないんだ。
「ショナ、おはよう」
「……おはよう、テレサ」
「これ昨日のパーティの。
ショナの分を持ってきたんだけどいいかな?」
ショナはちいさくため息をつく。
「……そこにおいておいてって言いたいけど、
カップが二つあるってことは君の分があるんじゃないの?」
「うん。
わたしも朝御飯まだだから一緒に食べようかなって思って」
しかたなくショナが大きく扉を開けてくれたので、
わたしは部屋に入ることが出来た。
何だか空気が淀んでいる気がする。
「……ショナ、窓開けてもいい?」
「別にかまわないよ」
カーテンを開けて、窓を開くと新鮮な空気が風と共に入ってくる。
風で紙が少し浮いたのをショナは慌てて押さえる。
ごめんと謝ってみても、そんな姿を見られることすら嬉しい。
「どうしたの?」
「何か嬉しくて。
ほら冷めないうちに食べよう」
トレイを乗せるためにテーブルの上にあったものを
ショナがどけてくれた。
紅茶をカップに注ぐとよりプンシュの香りがふわりとひろがった。
「これは何……?お酒の香りがするけど」
「プンシュだよ、ショナは飲んだことない?
ワインとかラムとかに、オレンジやレモンの皮とか、
スパイスをつけこんで香りを出すの。
これはアルコールを飛ばしてあるから大丈夫だよ。
……こんな風に暖かい時に飲むものじゃないんだけど、
祝祭日の頃っていつも飲んでいたからなんだか懐かしくなっちゃって」
「ふうん」
神妙な顔でショナはカップに口をつけると、おいしいと呟いた。
「おいしい?
これおばあちゃんのレシピなんだ」
「君のおばあさんは本当に料理が上手だったんだね」
「うん。
今思うと本当にそうだったんだなって思うよ。
一緒にくらしていた時はわからなかったけどね」
そうだね。
ぼそりとショナは呟くと、下を向いてしまった。
ショナにとって家族の話は禁句なんだろうか。
わたしはショナにケーキを勧めると、ショナは黙って口に入れた。
もくもくと食べてくれているのはおいしいんだろうか。
思わず顔を覗きこんでしまったしまったわたしに、
ショナは美味しいよ、と微笑んでくれた。
ショナの為だけに作ったものではないけれど、やっぱり食べてもらえてよかった。
言葉少なかったけれど、ショナと一緒にこうやって話したり、
お茶を飲んだり出来るのはやっぱり嬉しい。
それにしても少し静かだな、と思って良く見ればショナの目はとろんとして
目蓋が落ちかけている。
「ショナ?」
「眠い……。
昨日寝ていないのとこのお茶の香りが効いたんだと思う」
「アルコールちゃんと飛んでなかったのかな!?
……わたし邪魔しちゃったのかな?
ごめんなさい」
「いいんだ。
僕も…………ったし」
「え?」
ショナは何でもないという風に笑うと、かなり眠そうな顔で
ベッドに倒れこんだ。
「ごめん。
……ちょっと眠りたいんだけど、いいかな?」
「うん。
じゃあこれは下げておくね」
「ありがとう」
テーブルの上を片付けて振り向くと、ショナはもう眠っていた。
長いまつげが、呼吸と同じリズムで震えている。
無防備な寝顔は、普段の賢そうな顔とはまた違う。
せっかくの祝祭日だから、しっかりと休んで。
「おやすみ、ショナ」
わたしはそっと毛布をかけなおし、出来るだけ静かに扉を閉めた。