繋いだ手から伝わる祈り






「ルノー、
 ルノー、こんなところで寝たらダメだよ」

 ルノーのチェスをさす手が止まって考え込んでいるのかと思ったら、
 いつのまにか眠っていた。

「ん、んんー」
「ルノー」
「完全に寝てしまっているな」
「ずっとはしゃいでいたから疲れたんだろうね」
「ルノーったら」
「テレサ、無理に起こす必要はありません。
 私が部屋に送っていきます」
「お願いできる?ユージィン」
「ええ、何も問題はありませんよ」

 ユージインが抱き上げてもルノーはぐっすりと眠り込んだままだ。
 その安らかな寝顔に一同がふっと和む。

「よく眠っているな」
「ええ」
「テレサも行くの?」
「うん、ルノーをちゃんと寝かせたらわたしも今日は休もうと思って」
「テレサもこれだけの準備大変だっただろう。
 レヴィアス様も片付けは明日でいいと仰られた。
 今夜は良く休んでくれ」
「うん、疲れたから今夜はぐっすりだと思うよ」
「テレサ、ありがとう。
 今日は……楽しかった」
「ありがとう、ショナ。
 わたしこそ皆と一緒で楽しかったよ」

 カードに興じている皆にも小さく手を振り、ユージィンと共に廊下に出た。
 廊下が特別暗いわけじゃないけれど、パーティの楽しさに満ちたラウンジから
 一歩外に出ると寂しさを感じる。
 きっとそれは今日が楽しすぎたせいだろう。
 ルノーを抱えたユージィンの為にドアを開けると、
 小さくありがとうございます、と微笑んでくれた。
 この人はルノーの前ではとても柔らかな顔をする。
 布団を剥いで、靴を脱がせてルノーを横たえると、
 ルノーはちいさく目を開けた。

「……お姉ちゃん?ユージィン?」
「はい、ここにいますよ」
「うん。どうしたの、ルノー?」
「明日ぼくと一緒に礼拝堂にいってくれる?」
「ええ、祝祭日ですから。一緒に行きましょう」
「おねえちゃん……は?」
「ルノーがそうしたいなら、いっしょに行くよ」
「うん。
 よかったぁ……」
「安心して眠って下さい」

 ルノーはわたしたちの顔を交互に見ると、安心したように目を閉じ、
 規則正しい寝息を立て始めた。
 ユージィンは優しくルノーの乱れた前髪を撫でて直すと、
 おやすみなさいと呟き、わたしに目線でここを出ようと言った。
 ルノーを起こさないように静かにドアを閉める。

「今日のルノーはとても楽しそうでした。
 このようなパーティを企画してくださってありがとうございます」
「いいの、いいの、ユージィン。
 わたしも皆と楽しく過ごしたかっただけだし。
 皆手伝えることは手伝ってくれたし。わたしこそユージィンにお礼言わなきゃ。
 ルノー重かったでしょう?運んでくれてありがとう」
「慣れていますから、大丈夫です。
 明日……礼拝に一緒に行くのでしたね」
「う、うん」
「ではもう今日は休んでください」
「うん、ユージィンも」

 普段意見の食い違いも多くてお互い二人で話すことにあまり慣れていないけれど、
 何だか今日は素直にユージィンの言葉を聞ける。
 ユージィンもいつもの冷淡で皮肉たっぷりの言葉遣いではなくどこか優しかった。
 こんなふうにいつも話せたら、ルノーに心配されることもないのに。
 いつになく穏やかにおやすみ、とあいさつをかわしそれぞれの部屋に戻った。




 朝起きると祝祭日当日の朝はピカピカに晴れていた。
 昨日一昨日とパーティの準備に頑張ったから昨日の夜は良く眠れた気がする。
 ルノーとユージィンと出かける前に、ラウンジの片付けを済ませておかないと。
 なんとなくやる気が満ちてきたので軽くストレッチをして着替えると、
 ラウンジへ向かった。
 わたしがいなくなった後もどんちゃん騒ぎは続いていたのか、
 ラウンジは大変なことになっていた。

「さーて。頑張りますか」

 昨日楽しかったから、今日も頑張れる。
 自分でも調子がいいとわかるくらい鼻歌混じりに片付けを済ませると、
 ノックの音と共にユージィンとルノーが入ってきた。

「おはよう。ルノー、ユージィン」
「おはよう。
 お、お姉ちゃん元気だね」
「元気なのは良いことですね。朝食をいただきましょう、ルノー」
「うん」

 朝が弱いルノーはまだふわふわと眠そうだ。
 ユージィンはいつもどおりにきちんとしている。
 わたしも片付けをしていて朝ごはんがまだだったことに気付き、
 いっしょに食べることにした。

「おねえちゃん、今日行くキュリアの礼拝堂ってすごく大きくて立派なんだ。
 ツリーも綺麗だったんだよ」
「そうなんだ」
「ぼ、ぼく、祝祭日の礼拝って一年で一番大切だから、
 どうしてもユージィンとお姉ちゃんと行きたかったんだ。
 ぼくの大好きな人たちと一緒に、大好きな人たちの幸せをお願いするの」

 パンをほおばりながら、無邪気に笑うルノー。
 大好きと言われて悪い気はしないものの、面と向かって言われると
 わたしは少し気恥ずかしいけれど、ユージィンはそうではないみたいだった。

「私も大切なルノーが今年一年安全に過ごせたことのお礼を
 きちんと神様にお伝えしたいと思っていましたよ」
「危ない目にいっぱいあったのに、こうやって皆で朝御飯を食べられるのって
 ……考えてみるとすごい幸せなのかも」
「ええ、そうですね。
 これから騎士団は、より激しい戦いの最中へ向かおうとしています。
 ……ルノー、皆の無事もきちんとお願いしましょうね」
「うん」

 満面の笑みでルノーは頷くと、朝ごはんを懸命に食べ始めた。
 わたしはユージィンの一言に一気に現実に引き戻された。
 滅多に行かない礼拝だけど、今日は真剣にお祈りを捧げてこないと。
 わたしはその機会をくれた二人に心の中で小さく礼を言った。
 朝食を終え、片付けを済ませ馬車の手配をする。
 何度かキュリアの街に行ったけれど、二人ほど信仰の篤くないわたしは、
 礼拝堂に出向いたことはなかった。
 あれだけの大きな街の礼拝堂は、思っていたよりもずっと立派だった。
 飾られたツリーも見たことがないくらい大きい。

「すごい、大きい……」
「でしょう?ステンドグラスがすごく綺麗なんだよ。
 お姉ちゃんに見せたかったんだ」
「ツリーも素敵ですね」
「うん……」

 夢見るような視線でツリーを見上げるユージィン。
 ユージィンは本当に美しいものが好きなんだなぁ。
 と一瞬その横顔に見とれていたら、ルノーの早く行こうと急かす声で我に帰った。
 大きな扉を開けるとミサが既に始まっていて、静かに近い席に座った。
 横を見るとルノーとユージィンは既に真剣に司祭の言葉に耳を傾け、
 真剣に祈りを捧げていた。
 人が真剣に祈りを捧げる姿は美しいな、と初めて思った。
 いつもはそれほど敬虔な信者とはいえないわたしも今は祈りたいことがある。
 美しいステンドグラスから差し込む光の荘厳さが、神は確かに在るのだとわたしに教える。
 騎士団皆の無事を。
 最初は理解できない人ばかりで困惑ばかりだったけれど、
 それだけ理解できない人たちだったから。
 好きだと思った時にはもう離れられない人たちになっていた。
 今は祈る。皆の無事を。
 どうかどの戦でも皆が無事に帰還を果たしますように。
 優しいルノーが幸せでありますように。
 真剣に祈りを捧げていたら、ミサはいつの間にか終っていた。

「お姉ちゃん?」
「ルノー」
「真剣にお祈りしてたね」
「そうだね。
 今日はここにつれてきてくれてありがとう、ルノー」
「ううん、
 お姉ちゃんとユージィンと三人で来れてぼく嬉しかったんだ。
 あ、あのね」
「どうしました?ルノー?」
「手を繋いで、か、帰ってもいいかなあ」
「いいよ、ルノー」

 どうぞ、と手を差し出すとルノーは嬉しそうに手を繋いだ。