今は、ただ傍にいるだけで
この気持ちどうしたら良いの。
誰もいないラウンジで、自分の為だけにお茶を入れるのは少し寂しい。
自分の分は皆の為に入れるより少し手を抜きがちだ。
でも今は元気が欲しいから、濃い目に入れて、少し多目の砂糖とミルクを入れる。
「なんか甘いものあったよね……」
数日前に自分で焼いたクッキーが残っていたのでそれを取り出す。
ナッツたっぷりのおばあちゃんのレシピ。
何だか急に食べたくなったから久しぶりに焼いてみた。
瓶には念のため『ジョヴァンニは禁止』と貼ってある。
また間違って食べて、瀕死になったりするのは見たくない。
ジョヴァンニ用に絞り出しクッキーを焼いたから、
誰かがイタズラして食べさせたりできないように区別は出来たと思う……多分。
おばあちゃんのクッキーが食べたくなったのは祝祭日が近いせいだろう。
お茶を入れたカップと、クッキーの瓶を持って窓際のソファーに座る。
「いつもはこの時期は雪なのに、なんか変な感じ」
キュリアは温暖な気候で食べ物もおいしいし、
観光都市だからかとても街も大きくて綺麗だった。
こうして騎士団について旅をしてきたけれど、
本当に遠くまで来たという実感が湧いた。
ずっと必死でまわりのことをなかなか考えられなかったのが、
少し慣れて余裕が出てきたせいなのかもしれない。
ようやくその星やその土地の違いを楽しめるようになってきた。
惑星キュリア。
王都から高い家柄の人たちが遊びにくるくらいの場所……。
カインが前も家庭教師をやっていたというのはきいていた。
でも、あの人はカインをただの『先生』と思っていなかったんだろう。
綺麗で。優しそうで。年齢的にもカインに似合う人だった。
カインもセリーナさんのことは嫌いじゃないみたいだった。
教え子だったから、とカインは言ったけど『今』のあのセリーナさんを見て
男の人が何も思わない筈がない。
今ラウンジには人がいないから、靴を脱いで膝を抱えてみた。
もし自分が男だったら。
あんな風に綺麗な人に、あんな眼差しで見つめられたら悪い気はしない。
むしろ嬉しいとさえ思うだろう。
「綺麗な髪だったな……」
窓に映る自分の髪は、赤毛。
自分は別に嫌いじゃないけれど、あんな綺麗な金髪を見たら憧れてしまう。
貴方はどうしてカインの傍にいられるのですか。
その問いが頭から離れない。
カインは大切な教え子だと言ってくれた。
『大切』な教え子……その響きは悪いものではない。
『教え子』であることも間違ってはいないのに。
同志?……戦友?
わたしは基本ルノーの世話係で、補給隊の隊員でもある。
騎士団のことは口に出せない以上どう説明して良いのかわからないけれど、
それ以外の何かでありたい、とあの瞬間から気付いてしまった。
優秀な教え子としてカインに褒めて貰いたい。
でもそれ以外も期待している。望んでいる。
「お似合いだったな……美男美女で」
あの時連れて行ってください、と訴えたセリーナさんは本気だった。
10年越しに伝える想いがどれほどのものか、初対面のわたしにすら伝わった。
その声の響きに胸をつかれて、……今もその声が頭から離れない。
わたしは最後まで連れて行って……いや、付いて行く事は出来るんだろうか。
補給隊の一員としてでもいい。最後までついていきたい。
それは出来ないと口にしたカインの冷静さが蘇る。
わたしもいつかあんな風に、置いていかれてしまうんだろうか。
好きだ、と伝えてもすまないと冷静に切り捨てられてしまうんだろうか。
……折角距離が縮まって嬉しかったのに。
でもどうしていいのかわからない。
わからないのなら、考えるのをもうやめたいのに中々頭が切り替わらない。
休暇を終えた騎士団はキュリアでの本格的な活動を始め、
騎士団長全員が揃う日は少なくなってきた。
「折角の祝祭日だから。
皆忙しいけどささやかにパーティできたらいいのに」
窓の外を眺めればキュリアの豊かな自然が見える。
その先に遠くキュリアの街並みが見えた。
あの後一度だけカインとキュリアの街に買出しに出た。
すごく事務的なものだったけれど、途中までは楽しかった。
……通りがかった馬車に乗っていたセリーナさんと会うまでは。
「カイン!」
声がしたほうを振り向けばドレスアップしたセリーナさんが立っていた。
馬車を待たせているらしく、御者がこちらをチラチラと見て時間を気にしている。
「また、お会いできて嬉しいですわ、カイン!」
「……セリーナ、君はまだキュリアにいたのか」
「連れてってくださいと何度でも貴方にお伝えしたい。
でも、貴方はそれには答えては下さないのでしょう?
ですが、せめてもう一度貴方と楽しい時間を持ちたいと思うのは
私のわがままなのでしょうか。
祝祭日前夜、私の滞在先でパーティを開くことになりましたの。
父も、母も貴方のことを話しましたら会いたいと言っておりましたわ」
「……確かに旦那様、奥様には大変世話になったが、しかし……」
御者がセリーナさんに声をかけて催促している。
セリーナさんは思いつめた顔でカインの手を取ると、
「私待っておりますから。
10年貴方に会うことを待ち望んでいたんですもの。
だから、必ず、必ずお越しくださいね。
私いつまでもお待ちしておりますから」
「セリーナ!」
セリーナさんは少し俯くと、馬車の方へ賭け戻っていった。
カインが返事をする前に馬車は走り去ってしまう。
隣を見ればカインはいつもと変わらないようでいて良く見れば
少し違う表情が浮かんでいるようにも思えた。
わたしにはカインが何を考えているのかはわからない。
カインにとってのセリーナさんがどれだけ『大切』な教え子なのかも。
帰りの馬車の中でもカインは何かを考え込んでいるようで声をかけられなかった。
もし祝祭日前夜にこちらでもパーティをやれたとしても、
カインはセリーナさんのところへ行ってしまうんだろうか。
行くも行かないもカインの自由だ。
でも……行って欲しくない。
「わがままだなあ、わたし」
「あんたはたまにはワガママ言ったっていいと思うよ」
振り向くとそこにはマリアが立っていた。
あたしも頂戴、とクッキーの瓶からひょいとつまんで口に入れる。
「ジョヴァンニのせいでたまにしか食べられないけど
あんたのこのクッキー本当においしいね」
「ありがとう」
膝を抱えていることが恥ずかしくなって、ブーツを履きなおす。
そんなわたしをマリアは怪訝そうな顔で覗き込んだ。
「何か沈み込んじゃって、どうしたの?」
「ちょっと考え事。
ほら、もう少しで祝祭日でしょ?
皆が揃ううちにパーティしたいなあって思っただけ」
「パーティねー。
まあレヴィアス様のお許しが出れば問題ないんじゃない?」
レヴィアス様のお許し。
……お許し。
いやな考えが頭をもたげてくる。
なるたけそれを考えないように、出来るだけ明るい声で返事をした。
「そうかな?」
「少なくともあたしは大賛成〜!
あんたのケーキとか食べられるんでしょ?」
「うん、頑張って皆に振舞うよ」
「じゃあ協力する」
「ほんとに?」
「うん、反対する理由なんて何もないし、
楽しいことはやっぱり多いほうがいいもんね♪」
「そっか……」
「作戦前に騎士団全体の士気が上がればレヴィアス様も文句無いでしょ♪」
「そういうものなの?」
「そういうもんよー♪
じゃあレヴィアス様にさっそく許可を貰ってこないと!
それはいいだしっぺのあんたの役目ね。
あたしは馬車の用意してくる」
「ええっ、今?」
「だって祝祭日って明後日じゃない。
今日から支度しないと間に合わないよ!」
「わかった」
嬉しそうな顔を作ってみても、頭の中を回るのは少し黒い考え。
レヴィアス様の命令なら、きっとカインは逆らわない。
「なんて嫌な子なんだろ。わたし」
折角のパーティなのに。もっと楽しみたいのに。
じゃあレヴィアス様によろしくね!とラウンジを出たマリアに、
後でね!と精一杯の笑顔で答え、ソファから立ち上がった。
パーティの許可はわりとあっけなくレヴィアス様から降りた。
準備は着々と進んでいる。
直接会えた人にパーティのお誘いをすれば、皆喜んで、出席を約束してくれた。
キーファーですら『お前にしては気の利いた提案です』と褒めてくれた。
なのに、カインには会えていない。
お互い避けているというわけではないのだけど、カインは忙しいらしい。
同行することの多いショナに一応伝言は頼んだけれど、
カインはパーティに来てくれるだろうか。
なんとなく直接確かめられないまま当日を迎えてしまった。
「……え?
カイン今日外出するの?」
「うん、確かにそう聞いたよ。
どうしても自分から出向かなければいけない用件があるって」
「ぼ、ぼくもカインにそう聞いたよ。お姉ちゃん」
会場の飾り付けを手伝ってくれているルノーとショナがそう口にするのを、
自分でも思っていなかった以上のショックを受けながら聞いた。
目の前が暗いのはただの錯覚。
ただの気のせい。
懸命にボウルの中身をかき回してみても、自分の意識が散漫なのはわかっている。
「……顔色が悪いようですが、どうかしましたか?」
気遣わしげにユージィンが声をかけてくれたのでハッとなり、
大丈夫と答える。
「どうもそうは見えませんが」
「ううん?
いっぱいケーキ作ってたからちょっと疲れてきただけ!
ちょっとでも皆に行き渡るように頑張ってまだ焼くんだから!」
「無理はいけませんよ、少し休んでは?」
手を動かしていたほうが気がまぎれる。
折角マリアと選んだあのドレスも、カインに見てもらえないのかな。
意識したらダメ、どんどん哀しくなるだけ。
それに皆が楽しみにしてくれているんだから、わたしが頑張らないと。
「大丈夫だよ。
コックさんと一緒にメニュー考えたし、今晩は期待しててね」
一生懸命笑って見せたのがかえって皆には痛々しかったのかもしれない。
皆はそれ以上聞かないでいてくれた。
日が落ちる頃には何とかケーキが焼きあがり、パーティ会場が出来上がると、
わたしはマリアに引っ張られ、気が進まないままドレスに着替えた。
「なーにそんなつまんなそうな顔してるの」
「マリア……」
「折角こんなに可愛くしてあげたのに!」
「うん」
マリアのおかげで自分にしては可愛くできたと思う。
自分には可愛いが限界だ、綺麗にはなれそうにない。
「自信持って!
今日のあんたはすっごく可愛いよ」
「うん……」
「あんたが楽しまないでどうすんの!?
皆楽しみにしてるんだよ、ね♪」
「わかったよ」
カインがいないからって、沈んでたら皆に申し訳ないよね。
「マリア……」
「なぁに?」
「ありがとう」
マリアは当たり前でしょ、と笑ってくれた。
沈んでいた気持ちも綺麗なドレスを着ると少しだけ上向きになった。
ラウンジに行くと皆が思い思いに楽しむために集まってきた。
「祝祭日おめでとう」
「おう、おめでとう」
声をかけながらグラスをあわせて祝祭日を祝う。
皆が楽しそうにしている。
レヴィアス様の瞳も心なしかいつもより優しい。
優雅にシャンパンを傾けるキーファー。
ショナに教えてもらいながらチェスをやっているルノーと、それを見守るユージィン。
先に騎士団の皆と飲んでいたというウォルター、ゲルハルトは既にできあがっていて、
いつものとおりカードを始めていた。
マリアはさっさと見切りをつけて騎士団の方に行ってしまった。
いつものラウンジ。
ここにカインもいてくれたら良かったのに。
ぼんやりと皆が楽しむ姿を眺めていたら、ノックと共に扉が開いた。
「……、
間に合ったか」
外套をその場で脱いだカインは、急いでここに駆けつけてくれたような雰囲気で。
それだけでとても嬉しくなった。
「カイン遅ーい」
「もうごちそうあらかた食べちゃったよ〜、お気の毒様〜」
「いや、遅れた私が悪い。
それに出席すると答えてもいなかったしな」
カインはひょいとサンドウィッチを取ると口に入れ、
何か気付いたような顔をしてわたしを見た。
わたしはカインがそれに気付いてくれて嬉しかった。
ちょっと頷くと、カインは微笑んで頷き返してくれた。
特別な秘密なんかじゃないけれど、
わたしとカインの大切な思い出のひとつだから。
「サンドウィッチよりおいしいものいっぱいあったんだよー」
「いや、わたしはこれで充分だ」
「ええー?
カイン、へんなのー」
「ルノー。
ショナにだいぶ負けているじゃないか」
「だ、だってユージィンも教えてくれないんだもの。
ぼくを助けてよ、カイン」
「……相手がショナなら私ではたいした助けにはならないかもしれないぞ」
カインは少し笑ってこちらを見ると、チェスに興じる輪に加わった。
やっぱり皆が揃っているといいな。
わたしは皆が揃ったラウンジを夢心地で眺めていた。