キミの為ならボクにだって魔法が使える






 パーティでいつもより少し浮き立つ空気の中、食事も済んで、
 皆それぞれの場所で思い思いに楽しんでいる。
 いつものとおり賭けカードに没頭するゲルハルトのとなりで、
 ジョヴァンニは少しうわのそらに見えた。

「……ストレート。
 ジョヴァンニ、どうしたいつものキレがないぞ?」
「うぐおおおおおお!!!」
「うわぁ。まったカーフェイかよ!!」

 意外と言うべきか、見たままと言うべきか滅多にカードに参加しない
 カーフェイは勝負強さを見せた。
 こっちの方が得意なんだがな、と牌を捌く仕草をしながら、
 カーフェイはテーブル上の硬貨を自分の手元へ掻き寄せた。

「……ジョヴァンニ?」
「ん?
 ちょっと調子が出ないだけさ。
 ボクの本気は今ここでは使わない。
 別の場面で君たちを出し抜いてあっと言わせてやるんだから♪」
「なんだそりゃ」
「何だよ、ただの負け惜しみにしか聞こえないぜぇ、ジョヴァンニ」
「そこまで言われて負けっ放しなのはボクの主義に反するね。
 いいよ、あともうひと勝負本気で掛かっておいで、
 捻りつぶしてあげるから、さ!!」

 ジョヴァンニはわたしの視線に気付いたのか、軽くウィンクをすると
 一瞬で勝負師の貌になった。
 真剣で、どこかでも余裕たっぷりで、負けるはずないっていう顔をしている。
 ああいう顔をしている時のジョヴァンニは手がつけられないほど強い。
 カードでも、剣の勝負でも。

「腹立たしい程の余裕の貌ですね。
 まったく癪に障る」
「キーファーはカードに加わらないの?」
「勝てない勝負に興じるほど私は暇ではありません」
「クッ、キーファーもカードに加わったことがあるが、
 あまりに勝てずに辞めてしまったのだ」
「……レヴィアス様」
「別にお前を馬鹿にしているわけではないさ。
 キーファー。お前も決して弱いほうではない。
 ただ、ジョヴァンニに勝てるのは『人生最高の運の良い日』くらいでなくとはな」

 人生最高の運の良い日。
 カードに興じる皆を見つめるレヴィアス様の瞳は、
 アルコールのせいか今日の楽しい空気のせいかいつもより優しい。

「……それくらい、強いんですか?」
「少なくとも、『アレ』で食うに困らない程度の腕だ」
「食うに困らない?」
「……お前がそういう世界を知らないのならわからなくともいいさ」
「はぁ」
「娘、お前はそんな世界を知る必要はありません」
「そうなの?」

 ぽかんとしてしまったわたしを見て、レヴィアス様は少し微笑んでくれた。
 珍しいレヴィアス様の微笑みにわたしはぼうっと見とれてしまう。
 少し前からチェスを打つ手が止まりがちなルノーは、まだ寝ないと言い張っていたけれど
 レヴィアス様のもう寝たほうがいいという一言に素直に頷き、
 満面の笑みで、レヴィアス様におやすみを言うと、ユージィンに連れられて部屋へ戻っていった。
 それを見送ると急にわたしにも眠気が襲ってきてあくびが出た。
 手を当ててあくびを必死でかみ殺したわたしを見てレヴィアス様がおかしそうに笑う。

「娘、お前も眠いのではありませんか?」
「マリアにちょっと貰ったお酒のせいかな。
 でも、ちゃんと片付けないと」
「片付けなど明日でいいさ。
 楽しい夜に感謝している。今夜はお前も良く休め」

 ぽん、とわたしの頭に手を置くと、レヴィアス様は自室へ戻って行った。
 不意に頭の上に落りてきたぬくもりがふわりと全身にまわっていく。
 それに驚いてわたしがぽかんとしていると、
 次の瞬間カードをしている皆がが歓声を上げた。

「おい、ジョヴァンニ、ホント今日お前どうしたんだよ!」
「ああああああ、またカーフェイにやられた!!」
「お前の本気とはこの程度か、ジョヴァンニ」
「…………いいでしょ、別にこんな遊びどうってことない」

 視線を感じるとジョヴァンニがちらりとこちらを向いて、視線を逸らすと、
 カードを宙に放り投げ、ソファーから勢い良く立ち上がった。

「そう、こんな『お遊び』なんてどうってことないさ。
 大事なのはこの後の『勝負』だよ。
 …………テレサ」

 早足でわたしの目の前に立つとジョヴァンニは、ぐいっとわたしの手を掴んだ。

「もうパーティはお開きで、片付けは明日でいいってレヴィアスが言ってたんだよね」
「う、うん」
「じゃあ、少しボクに付き合ってよ。
 イヤなんて、言わせないけどね」

 ジョヴァンニはウィンクすると、勢い良く駆け出した。
 わたしは手を振りほどけずにひきずられるようについていくしかない。
 ……でも、それは嫌なことじゃなかった。

「じゃあ、皆良い夜をね」
「おい、ジョヴァンニてめぇっ!」

 ジョヴァンニは手をひらひらさせて皆に挨拶すると、勢い良く扉を閉めた。
 扉の向こう側のざわめきが少し伝わってくる。
 なんだかすごく気恥ずかしい。

「……ちょっとだけいい?テレサ」
「う、うん」
「そんなに手間を取らせないよ。本番は『明日』だからね♪」
「明日?」
「ここで立ち話もナンだから、少し歩こうか」
「……うん」

 さっきまで手首を掴んでいた手を、並んで歩きやすいようにジョヴァンニは握りなおす。
 手袋越しに伝わるぬくもりに一瞬ぼうっとなると、
 ジョヴァンニは満足げに頷き小さく呟いた。

「レヴィアスになんて渡さないんだから♪」
「え?」
「なんでもないよ、こっちの話」
「でも今日なんだかジョヴァンニ調子が良くないみたい。
 なんかあったの?」
「大有りだよ。キミのせいだからね」
「えっ?」
「別にかまわないさ。
 今日の『勝負』にボクは負けたわけじゃないんだから♪」
「よくわからないよ」
「わからなくてかまわないよ。
 さあ、ついた。
 今日もいい天気だから星が良く見えるね」

 見上げれば満天の星空。

「なんか変な感じ。
 いつも祝祭日の頃って雪があったから」
「ノーグはこの時期雪が降ってたね、……うっとおしいくらいにさ」
「ジョヴァンニが暮していた場所もそうだったの?」
「まあね。
 テレサ、キミ明日時間あるでしょ?ボクに少し付き合わない?」

 ジョヴァンニの表情はいつものように笑っているのに、
 瞳にいつもの余裕がない。

「え……?」
「断ったりなんてしないよね。
 ま、そんなことボクはさせないけど」
「させないけどって、何?」
「キミはこのボクのお誘いをお断りなんて……出来ないよね?」

 わたしのドキドキは繋いだ手から全てつたわっているんだろう。
 ワカってるよ。
 そう頷いたジョヴァンニの瞳にいつもの余裕が戻ってきて、
 わたしは何だかほっとしながら、その瞳に見とれてしまった。





 朝早く起きて、パーティの片付けを済ませて自分の部屋に戻ってみれば、
 うずたかく積まれたのはプレゼントの山。
 どういうことなの!?
 良く見ればカードがプレゼントに添えられていた。
 プレゼントの包装紙と同じ色のそのカードには、

『今晩はこれを着てきてね。でないと魔法がかからないから』

 と書かれていた。
 魔法ってなんだろう。
 箱を開けてみれば、綺麗なドレス、バッグに靴とひと揃え。
 いいのかなあ。これって結構高そう。
 ため息をついてカードを見直せば追伸があった。


『このドレスの代金は大半がゲルハルト提供だよ♪お礼は彼に言ったほうがいいかもね』


 ……カードの掛け金がこれに化けたのか。
 ならきっと夢みたいなものだよね。
 それにこれはジョヴァンニが見立ててくれたものだし。
 前に選んでくれたドレスも可愛かったけど、これもすごく素敵だ。
 なんていうか、少し大人っぽい。
 これを着たら、ジョヴァンニにちょっとでも釣り合えばいいのに。
 ジョヴァンニってば女の人よりも綺麗なんだもの。
 似合うといいなあ。
 少し緊張しながら一通り身に着けてみて、くるりと鏡の前で回ってみる。

「似合うよ。
 まあボクの見立てだもん、あたりまえだけどね」
「ジョヴァンニ!」
「ノックしたんだけど聞こえてなかったみたいだからさ。
 そろそろ出かけようよ」
「……うん」

 ジョヴァンニはうやうやしく手を取る。

「キミは今宵はボクのお姫様。
 ボクはキミの王子様。
 そう信じてくれれば、ボクはキミに魔法をかけることが出来る。
 何も、疑わないで。
 そうすることで『魔法』が『本物』になるんだから」
「……え?」
「いいね」

 頷けば、ジョヴァンニはいたずらっぽく笑った。

「では、行きましょう。
 お姫様」

 夕暮れ時に馬車に乗って行くのはかつて二人で行ったレストラン。
 祝祭日なのに、休みじゃないのかなあ。
 そんな疑問は祝祭日のしつらえに輝く店内の素敵な雰囲気に消し飛んだ。
 給仕をしてくれる人たちがわたしたちに最上級のもてなしをしてくれる。
 昨日の料理だって美味しかったけど、今日はまた特別。
 一皿一皿に趣向が凝らされていて、ひとくちひとくちに幸せが広がる。
 そして向かいには笑顔のジョヴァンニがいる。
 炎きらめく燭台に、奏でられる音楽。全部が夢みたいだ。

「そろそろかな」

 デザートが運ばれてくる中、庭にぼうっと灯りが点り、
 窓の外に白いものが降ってきた。

「……え?」

 キュリアにはこの時期雪が降らないんじゃ?

「信じてって言ったよね。
 キミが信じてくれるなら、ボクは雪だって降らせることが出来るのさ」
「……うん」

 ひらひらと白い雪が、灯りに浮かび上がる庭に降り積もるのは
 とても幻想的で、わたしの知っている祝祭日のイメージと重なり、
 『この時期』の寒さが自分にまとわりついてくる気がした。
 息を吹きかけたら、窓が白く染まるような、きっぱりとした冬の寒さ。

「寒いの?」

 わたしのそんな様子を見て、ジョヴァンニは微笑んで、
 そろそろ一緒に踊ろうか、と手を差し伸べてくれた。
 わたしたちが立ち上がると、ワルツが流れた。
 今日のジョヴァンニは何でもアリなんだろう。
 貴方の魔法に身を委ねていたい。
 明日この魔法が解けてしまったとしても。

「何言ってるの。
 キミが信じてくれたら、この魔法は続くんだよ。
 永遠に、ね」
「そうなの?」
「だっておとぎばなしの最後は王子様とお姫様は永遠に幸せにくらしました。
 そう結ばれるって決まってるでしょ?」

 キミの幸せはココにあるんだからさ。
 ジョヴァンニはいたずらっぽく笑うと、わたしを腕に閉じ込めた。