この一杯に君の幸せを希う
「今日もいい天気だなぁ」
楽しかったキュリアでの日々がもう、終っていく。
終ってしまう。
ラウンジでひとりカップを拭いていると、
こういう平和な時間がずっと続いてくれたらいいのにと願ってしまう。
ようやくここに自分の居場所らしいものが出来てきたからそう思うのか、
彼ともっと一緒に過ごせる時間が欲しいと思うからそう思うのだろうか。
そんなに信心深いほうではないけれど、神様に皆の無事を祈りたい気持ちになった。
気候が温暖なキュリアでは雪は降らないけれど、明後日が祝福された日なのは覚えている。
「……皆に言っても笑われるだけかなぁ」
ルノーは喜びそうだ。
信仰の篤いユージィンは興味を持ってくれそうだけど……、
後は?
「なぁにため息ついてんの?」
よっ、と背中をはたかれて、驚いて振り向けばマリアがにこにこしていた。
「マリア!」
「考え事なんてあんたらしくないよ、テレサ」
「考え事って言うか、……考え事してたっていうか」
「うだうだ考えてないで、話してごらん」
「マリアなら笑わないで聴いてくれるかな」
「あたしとあんたの仲じゃない」
……ごそごそ、と耳打ちすれば、
マリアはそういえばそんな行事もあったっけねえという顔をした。
もともと海賊だったマリアたちは、祝祭日を祝ったことなんてあるんだろうか。
「え?
ああ〜その日に海でどんちゃんやってた金持ちの船に
ちょっかいかけたことはあったかなぁ〜。
もともとうちらは海の上の人間だから陸の上のことはあんまりよくわかんないわ」
「そうだよね」
「まあ海上での安全を祈願することだけは欠かさずにやってたけどね」
「そっかぁ」
「気休めでも、海では何があるかわかんないから重要なコトなの。
……で、具体的にあんたは何がしたいの?」
「具体的に?」
「そうそう。
あんたがやりたいことって別に皆で礼拝堂にいってお祈りするとか
そういうことじゃないんでしょ?」
「うん、……折角今皆お休み中だし、
祝祭日前夜祭のパーティやりたいなぁって思って」
パーティ、ねぇ。
マリアはニヤリと笑う。
「それなら別に神とか信じてなさげなあいつらでも乗ってくるんじゃない?
あたしはあんたの作ったケーキとかあれば嬉しいけど。
あいつらは騒いで酒が呑める口実が出来れば何でもいいだろうし」
「そうかなぁ」
「そんなに酒や騒ぎに興味がない連中も、
あんたがいつもと違うパーティの装いってやつを見せれば、
喜ぶやつも多いと思うよ〜?」
「えええっ?」
彼も喜んでくれるだろうか。
そう思いついた瞬間に顔が赤くなったのをマリアは勿論見逃してはくれなかった。
「じゃあ決まりね。
さっそく補給隊の連中に調達を頼むっていうか、
うちの連中何人か連れてあたしたちで行った方が早いか。
あんたの服も見ないとね♪」
「この星の習慣がよくわからないけど、
祝祭日には店がお休みになる場合が多いから早めに準備したほうがいいかも……」
「あら〜、乗り気じゃない」
「……ちょっとだけね」
わたしの期待がちょっとどころではないのをマリアは見透かしたように笑うと、
じゃあ馬車用意してくる!とラウンジを駆け出していった。
皆が寝静まったあとに、招待状をドアに挟もうかと思ったけれど、
当直している団員に見つかって迷惑をかけてしまうのも申し訳ないので、
早起きして招待状をドアに挟んでまわる。
昨日行った店には綺麗な便箋やカードがたくさんあって、選ぶのが凄く楽しかった。
興味なさそうにしていたマリアも、色とりどりのカードに最後は夢中になって、
「兄さん馬鹿だからきっとコレは驚く!」
と、飛び出すカードを選んだりしていた。
一緒に行った海竜騎士団の人にはちょっと悪いことしたかなって思うけど
やっぱり女の子と行く買い物は楽しい。
……いい買い物は出来たと思う。多分。
夜遅くまでかかったけど前の日にしっかり準備しておけたから、
日が暮れる頃までには準備は出来た。
ラウンジに全員は入りきれないから、各騎士団の皆さんのところにも
ケーキは届け終わっている。
急な話だったのに気合を入れてくれたコックさんの料理もすごくおいしそうだ。
わたしはほっとして気が緩んだせいかソファーにへたりこんだ。
「なんとか終ったぁ」
「あとはあんたね♪」
「マリア……」
「今疲れきってどうすんの!
本番はこれからでしょー」
「でも……」
「さっさと着替える!!」
気合の入りまくったマリアから逃げることなんてきっと誰もできない。
気味が悪いくらいのマリアの笑顔にわたしはなんだか逃げたくなった。
「悪いようにはしないって♪
あたしはあんたのみかただってわかってるでしょ?」
ウインクしてみせるマリアに、恐る恐るよろしくと声をかけると。
まっかせなさい♪とマリアはウィンクして、
わたしの腕を取ると力強く歩き出した。
「今日は恥ずかしいとか言いっこ無しね!
あたしがあんたを可愛くしてあげるから」
お互いの着替えを見ているとか何だか気恥ずかしいけれど、
ここをもっとこうして!とか、コレ可愛いから貸してとか、
わあわあいいながらおめかしするのは楽しい。
友達がいなかったわけじゃないけど、村にいたときはこんなドレス着たことなかったし
ダンスパーティに行ったりしたこともない。
最初は乗り気じゃなかったけれどやっぱり可愛い服を着られると嬉しい。
パーティということで皆盛装……しているわけでもなく、
正装を着ている人もいれば、気楽な服装で来た人もいる。
どっちでもいい。
大切なのは皆で楽しむことだ。
ゲルハルトとウォルターは先にそれぞれの騎士団の皆と呑んでいたらしく、
パーティが始まる頃には出来上がっていたけれど、
皆それぞれ思い思いに楽しもうとしてくれていたのがわかって嬉しかった。
レヴィアス様も思っていたよりも楽んでくれているようで、
それを見たルノーは本当に嬉しそうだった。
「お姉ちゃん!
パーティのこと、な、内緒にするなんてずるいよ」
「ないしょじゃないよ、ルノー。
昨日思いついたの。折角だから皆で楽しく過ごしたいなあって」
「良い考えです。テレサ。
あと僅かでここキュリアを離れれば、騎士団は忙しくなりいつこうして集えるか
わからなくなりますから」
「……ユージィンは、こ、こういうの苦手かと思ってたから、
楽しんでくれるなら嬉しいな」
「ルノーがそうやって楽しそうだから私も嬉しいのですよ」
「う、うん!!」
微笑むユージィンの顔を見て喜んでくれてよかった、とほっとする。
明らかに手加減をしてくれているショナと熱心にチェスをうつルノー。
カインに助言を求めているけれど、カインは笑って見ているばかりだ。
楽しそうなルノーを嬉しそうにユージィンが見守っている。
一見いつもと同じような冷ややかな視線を浮かべながら優雅に
シャンパンを口にするキーファーも今日は機嫌がいいのがわかる。
いつものように賭けカードを始めたゲルハルトは
相変わらずジョヴァンニにカモにされていて、ウォルターはげらげら笑い、
珍しくそれにカーフェイも参加して意外な勝負強さを発揮していた。
「いい夜になったな」
皆がそれぞれに楽しんでくれているのをぼんやりと見ていたら、
傍にレヴィアス様が立っていた。
「はい」
「許可するべきか少し迷ったが、……いいものだな、こういうのも」
「レヴィアス様が喜んでくださったのなら、良かったです」
「そうか」
「はい」
これが多分最後の休暇なんだと、なんとなくわかっていた。
だから皆と一緒に過ごしたかったんだ。
こういう日々が続いて欲しいと願うけれど、皆は戦いに戻ってしまう。
わたしにはそれは止められない。
ただ、それについていくことしかできない。
でも皆に付いていくと誓ったんだ。騎士団の一員として。
ようやく見つけたわたしの居場所。
皆が後ろを気にせず戦えるように。
全てを万端に整えるのは難しいけど、出来うる限り皆の力になりたい。
ここにまた帰って来たいと思える場所をわたしが作れたら……。
窓から見える星に願いを。
ぼんやりしていたら、背中をポンと叩かれた。
「企画してくれてありがとテレサ♪
本当に楽しいよ。
さっきうちの連中も見てきたけどケーキ美味しかったって。
……それにね」
「な、なに?」
マリアが耳打ちする。
「あんたのこと皆さっきから盗み見てるよ。
堂々と褒める連中もいたけど、そうでない連中にもあんたのその姿は
好評だったみたいだね♪」
「マリアの見立てが良かったんだよ」
「勿論♪あったりまえでしょー♪
でも今日のテレサは本当に可愛いから、明日あたりなんかあったりね」
「えっ……」
「良い祝祭日を祈ってるよ。
あたしはあんたの幸せを本当に願ってるんだからね」
「……ありがとう。マリア」
あんたみたいな良いコがなんでこんな連中とって思うけどね!
マリアはサングリアを手に取りわたしに渡す。
「いい祝祭日を」
乾杯すれば、見ていたのか騎士団長の皆もそれに続き、
盛大な歓声と共に幸福なその一杯を飲み干した。