ただ、あなたの為だけに!
ほかほかと湯気をたてて、鎮座するそれを。
ごくり、と喉を鳴らして有川兄弟は見つめた。
見た目は、普通だ。香りからも危険は感じない。いや、おいしそうですら、ある。
しかし騙されてはいけない。いや、期待してはいけない、の間違いか。
今度こそ、今度こそと。何度も二人は裏切られてきたのだから。
お前が先に行けよ、兄さんこそ先に食べろよ。
二人の間で目線で会話がビシバシと行き交う。
……先に、確認しよう。
「これは、お前が作ったんだよな」
「うん!頑張ったと思うよ!」
「よく出来てますよ」
外見は。
ごくりと唾を飲み込む。それはけして美味しそうだから、ではない。
中身は食べてみないと、わからない。
まずはスープを飲んでみる。……普通だ。
「おお、飲めるじゃん」
「だってそれは普通のカップスープだもん」
ぷう、と頬を膨らませ望美は早く食べてと催促する。
将臣と譲はお互いの顔を見合うと、オムライスにスプーンを……
「ああっ」
素頓狂な声を上げた望美に、思わず二人はビクッとなる。
「何だよ」
「ケチャップ!!上にかかってない!!」
「はあ」
「だって文字とか書いたらかわいいじゃない!!大事だよ!」
ばたばたと冷蔵庫にケチャップを望美は取りにいく。
こっちは精神統一してやっとスプーンを握って立ち向かう勇気を振り絞ったというのに。
二人は盛大にため息をついた。
望美がケチャップを持って戻ってきた。
ケチャップは調理の時に使ったからか、だいぶ残り少ない。
「これじゃーでないね!えいっ!」
譲が待ってくださいというのが一瞬遅かった。
望美は逆さにしてケチャップを振ったのだ。
半開きだった蓋から赤い軌跡が白いカーテンへ延びる……。
将臣と譲の目にその赤はスローモーションに見え、これから起きる惨劇を予感させた。
「あああああああああああ!!!!」
「この、バカ。ちゃんと蓋閉めろよ!」
「それより外して洗わないと染みが取れなくなります。
外しますよ」
おろおろする望美をよそにテキパキと二人が抜群のコンビネーションで片付けに入る。
勝手知ったる春日家の居間。
譲はカーテンを外して洗面所へ、将臣は他についたケチャップをぬぐいはじめた。
何かしなきゃ、と動こうとした望美を将臣は鋭い声で制止する。
望美が手を出せば惨劇は繰り返されるばかりだからだ。
例えば、椅子についたケチャップに気付かず座ってしまう、等の。
ケチャップの被害のないと確定済みの椅子に望美を座らせ、
絶対に動くな、と釘をさす。
洗面所から洗濯機の動く音が聞こえて、譲が居間へ戻ってきた。
「すぐだったから、だいたい落ちましたよ。
多分目立たないくらいにはなるんじゃないですか?」
「こっちも全部ふいたぜ。望美動いていいぞ」
「……ごめんなさい。
ああ、冷めちゃうから食べて、食べて!」
「おお……」
出来れば忘れてしまいたかった現実と向き合う。
見た目は普通なのだ見た目は……!!!だから余計に性質が悪いのだ望美の料理は。
感謝の気持ちにハートマーク書いてあげるね、と二つのオムライスにハートが書き込まれた。
もう、逃げられない。
覚悟を決めて一口。
「!!!!!!!!!!!!!」
なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ。
確かに米で、たまねぎで、ハムで、えびで、グリンピースで!!
食べ物だとはわかる!!
でも、これは本当に食べ物なのか!?拒否反応をぐっとこらえ水で流し込む。
期待に満ちた顔で望美が見ている。
「先輩、これ、何を使ったんですか?」
譲は呆然とした顔で望美に問う。
望美はえへへ、と答える。
「いつも味付けで失敗しちゃうから、冷凍のピラフ使ってみたんだ。おいしい?」
「冷凍のピラフにケチャップを入れただけで……どうしてこんな物になるんだ!」
「だって、なかなか解けないから水を入れて〜」
「!!!!!
冷凍のピラフ解凍するのに水を使ったんですか?」
「お前味見してんのか?」
「?
してないよ?だって食べれるもの同士だもん」
「味見してたらな!これを他人に食べさすとか絶対考えねえぞ!!!」
望美の顔が見る見る蒼白になる。
しかし望美の作ったものとは言え、食べ物だ。
食べ物を粗末にしてはいけない……死ぬ気で二人はそれを平らげた。
青い顔で息も絶え絶えになった二人に望美はおずおずとデザートを差し出した。
それはオレンジの皮をくりぬいて、中にゼリーを流し込んだもの。
一見見れば、それも手が込んだおいしそうなもの。
中のゼリーはもともと中に入っていたオレンジの果肉を作ったもので、
とても香りもいい、とてもおいしそう。
さらなる拷問か。
はたまた天国が待っているのか。
将臣と譲はお互いを見やる。
差し出されたスプーンを握り、いざ……
「??????????」
見た目は、確かに美味しそうなゼリーなのに。
何故、スプーンが刺さらないのだろう。
ありえないありえない。
こんなに力を入れているのに刺さらないなんて!!
悪戦苦闘する二人を不安そうに見つめる望美。
なんていうかあれだ、言葉は悪いが金木犀の香りのするトイレのあれのような……。
同じことを連想してしまった二人は完全に戦意を喪失する。
「どう?」
「どうって……こうだよ。
おかしいだろ!」
将臣はオレンジを逆さにして勢いよく振ってみる。
しかし、ゼリーはピクリとも動かない。
「先輩、……ゼラチンどれくらい入れたんですか?」
「?
オレンジ二つぶんだからふた袋」
4倍量くらいゼラチン入ってるとゼリーってこんなに固まるんだ。
科学の実験をしているみたいですよ。はははと乾いた笑いが口から漏れる。
もう、笑うしか、ない。
「先輩」
「……ごめんなさい」
「謝る前に聞いてください。大事なことなんで」
「なに?」
「今度何か作るときは絶対、誰か一緒についててもらってください」
「今度こそうまくいくと思ったのに」
「……思いつきで料理すんな!今度こそ誰か死人が出るぞ!」
「思いつきで料理していいのは、ある程度できるようになってからです。
先輩にはまだ、無理です。諦めてください」
「えー?」
不満そうな望美に将臣が食ってかかる。
「今度、お前自分で作ったメシ、自分で完食してみろよ!
そしたらどんだけヤバいかわかるだろ!!」
「料理に興味があるのは悪いことじゃないんですけど。
次何か作るときには、おばさんか、俺が見てるときだけにしてくださいね。
最悪、兄さんでもいいですから」
「でも……」
「先輩」
「えー?秘密で練習したいのに」
「俺らで実験しないなら良いぜ。自分で食え!死にたいならな!」
帰る!と将臣はオレンジをどん!と机に置き有川家へ戻っていった。
流石にこれは望美には悪いが食べれる気がしない。
譲も静かにオレンジをテーブルに置いた。
半泣きの望美がそこにいる。
かわいそうだが、甘やかしても誰の為にもならない。誰の為にも。
「先輩」
「ごめんね」
「一生懸命作ってくれたのはわかってます」
「頑張ったんだけどな」
「見た目は綺麗でしたよ」
「見た目は……って譲くんハッキリ言うね」
「途中まではよかったんですよ、どっちも。
冷凍ピラフは良い考えです。
オムライスのご飯はケチャップライスじゃなくても良かったんですよ。
ただレンジで暖めて、それを卵で包めば成功だったんです。
ゼリーはオレンジから絞った果汁にシロップを加えた量を計って、
その量にあわせてゼラチンを入れれば成功したんです。
あと、ちょっとでしたね」
「そっかー」
ふんふんと素直に頷く望美に譲は苦笑する。
いつか望美は料理がうまくなるだろう……基本の大事さを知れば。
決して不器用なわけでもないし、味オンチでもないのだから。
「じゃあ片付けしましょうか」
「そうだねー。台所大変なことになってるからおかあさんに怒られちゃう」
二人で大惨事なことになっている台所を片付けながら、
いつかこうやって並んで食後の片付けが毎日できるようになったらいいのにな、と譲は思う。
……毎日自分がご飯を作ることになったとしても。
望美のために手をかけて料理を作ることは譲にとっての幸せなのだから。