魔法使いの弟子




  −2−

 さっきまでは確かに黄金色のスポンジケーキがそこにあったはずなのに
 どうしてこうなっているんだろう。
 予想通りとはいえ、想像以上にそれはケーキの形をしていなかった。
 それを横目に兄さんがため息をつく。

「お前がやるとどうしてこんな残念な出来になるんだ?」

 途方にくれた顔をして貴方はエプロンを外し、ソファに座り込む。

「わかんないよ」
「やっぱり譲に最後まで作らせれば良かったんだ」
「……やらせてみろって言い出したのは兄さんだろ」
「こいつが今年こそ上手く出来るって言い張ったんだ」
「今年はなんか上手くできる気がしたんだもん。
 ……でも譲くんが作ったものだから味は保障出来るよ?」
「ケーキは見た目が大事だろ。
 いくら美味しくたってぐちゃぐちゃなのは上手そうには見えないぜ」
「……じゃあ食べなきゃいいだろ」
「今日は、俺の、誕生日だ!」
「兄さんが言い出したことなんだから、兄さんが責任持てよ。
 今日は、兄さんの、誕生日なんだから!」
「譲……なんとかしてくれないか?」
「せっかく先輩が仕上げてくれたんだからこのままでいいだろ」

 貴方は俺の誕生日には仕上げをやりたいとか口にしてくれなかった。
 ちらりと嫉妬が首をもたげる。

「……先輩にカレーも作ってもらえば良いだろ」
「お前俺を殺す気か!?」
「わたしは譲くんの作ったカレーが食べたい!」

 ソファーから立ち上がって仁王立ちの姿勢で貴方は俺に宣言する。
 そんな貴方に俺はかなわない。

「先輩がそう言うなら、わかりました」
「わかればよろしい」
「望美、お前どうしてそんなに偉そうなんだよ」
「えへへ」
「……先輩は偉いんですから、それでいいんですよ」
「譲、お前望美を甘やかしすぎだ」
「俺は兄さんは甘やかしていないからいいんだよ」
「お前は兄を尊敬しなさ過ぎだ」

 尊敬していないわけではない。
 でもそんな自分を認めたくない。
 財布を掴み、買い物に行ってきますというと、
 貴方は途方にくれたように俺を見た。

「譲くん、これどうするの?」

 そんな風にした貴方がそれを口にするのか。
 俺はため息をついて元ケーキの形をしていたそれを見た。
 おばあちゃんは魔法が使えたのに。俺には出来ないのか。
 そのまま放置することもできず、とりあえず冷蔵庫に仕舞う。

「後でなんとかしますから」

 そう言うと貴方はほっとした顔をしたのでそれで良かったのだと思った。
 自転車をこいで買い物に出る。
 一緒に行くと言った貴方に暑いからいいですと言い置いて家を出た。
 本当は余裕が無かった。
 何の思惑もなくそんなことを口に出来る貴方と、
 何でも良いように捉えたくなる俺。
 一緒に出かけたって良いことは何も無いだろう。
 かつて貴方が一番最初に作ったあのケーキのように、
 俺がもう一度魔法をかけることが出来たら良いのに。
 そんなことを考えながら、店内を見回れば目に飛び込んできたのはパイナップルの缶。

「また助けてもらえるかな、おばあちゃん」

 パイナップルだけでなく他のフルーツも入っていたほうが美味しいかもしれない。
 カレー用のスパイスと共にカラフルな缶が籠の中で転がった。










「うわー、うわー、どうしてこんな風に出来るの!?」

 貴方が歓声を上げる。
 隣の兄さんが満足そうに頷くのは正直どうでもいいけれど、
 貴方の笑顔が見たかった。
 形を完全に失ったケーキにアイスクリームとフルーツを混ぜ込んで、
 型に入れて冷やして固めた。
 ……少し時間が足りなかったから、徐々に輪郭は崩れ始めているけれど、
 上に盛り付けた黄桃とチェリーの花が我ながら綺麗に出来たとは思うし、
 とけかかっているくらいのほうがきっと美味しいからいいとした。

「早く食べないととけてしまいますよ」
「ろうそくに火をつけたら、写真撮る!」
「俺も!」
「でもすっごいね。譲くん。魔法使いみたい!」
「……そうですか?」
「あの惨劇を回避したんだ。もう魔法だって言ったっていいだろうさ」

 魔法。
 弟子の俺にも少しは使えるようになったんだろうか。
 ロウソクの明かりの中父さんも母さんも笑顔でケーキを見つめている。
 おばあちゃんもこんな気持ちで俺たちにケーキを焼いてくれていたんだろうか。
 貴方の喜ぶ顔が見たいから、俺は貴方の望む限り作り続けよう。
 例え、兄さんの誕生日の為であっても。
 ハッピーバースデーの歌が聞こえる。
 つかの間の同じ歳。
 七月生まれの俺と、八月生まれの兄さんの足並みが一瞬揃う一月弱。
 もう終わりか。
 ちらりと見れば、兄さんは一足お先とばかりにロウソクの火を吹き消した。


背景画像:ミントBlue

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