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順調に四方の札を集め終わり、後は北の封印を解く日まで、
花梨の造花の力が満ちるのを待つばかりとなった。
無理が祟ったのか、花梨が熱を出し、その日の探索は中止になった。
「せっかく来てもらったのに、ごめんなさい。
物忌みでもないのにこんな風にお休みするなんて」
「良いのですよ。
順調に札集めも終わりましたし、神子のお陰で土地の力も戻ってきています。
貴方の体を休めることも必要なことです」
「神子のお体のことを考えれば、もう今日はこの場を辞したほうが良いのではないでしょうか」
その場を辞そうと泉水と彰紋が顔を見合わせ立ち上がろうとしたところを
花梨は制した。
「あの、ちょっとだけいいかな?」
「……何でしょう」
「この後二人とも予定とかあったら勿論帰ってもらった方がいいと思うんだけど」
「……特には、ありませんよ」
「はい、私も」
「あのね」
急に黙り込んだ花梨を彰紋は覗き込んだ。
「どうしましたか、神子。
僕らに出来ることならば何でもおっしゃってください」
「ええ、彰紋様のおっしゃるとおりです。
私ごときに何が出来るかはわかりませんが、微力ながら力は尽くしたく思っております」
「こんな我侭をいうのは良くないと思うんだけど、
あの、
……その」
「なんでしょう」
「泉水さんは今笛を持ってきてる?」
不意に言われたその言葉に泉水は驚いた顔をしたけれど、
ゆっくりと微笑んだ。
「はい。……笛は肌身離さず持っております。ほら、こうして」
「泉水さんは本当に笛が好きなんだね」
「皆様のお耳汚しにならないか心配ですが、笛を吹くときは無心でいられますので」
「僕は泉水殿の笛が好きですよ、そんな風な言い方はなさらないでください」
「勿体無いほどのお言葉を……ありがとうございます、彰紋様」
「わたしも泉水さんの笛は好きだな。
彰紋くんもきっと楽器は出来るんだよね」
「ええ、まあ……嗜み程度には」
「紫姫もひけるよね」
不意に声をかけられて、傍に控えるように座っていた紫姫が目を丸くした。
「わたくしですか、本当に皆様のように上手くはありませんけれど」
「時々聴こえるの、ひいてるのは紫姫だよね」
「まあ、お聞きになっていらしたのですか?」
「上手だなって思ってたよ」
「まあ……恥ずかしいですわ」
頬を染めて俯いた紫姫に花梨はそんなことないよと微笑む。
「わたしなんか一つもひけないもん」
「そうでしょうか。神子様はきっとやれば何でも出来ると思うのですけれど」
「そうかなぁ。
でもね……ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな」
おもむろにそのお願い事を口に出した花梨に周囲は目を見開いたけれど、
楽しそうですね、と承諾した。
「あー、もう空が赤いね。
日が落ちるの早すぎるよ」
「神子様もよく頑張られました。本当に上手になられましたね」
「そうかな」
「そうですよ。さすが天女は楽も堪能なのですね」
「だからその天女って恥ずかしいよ」
「けれどこの旋律はどこか楽しげで、明るい気持ちになりますね」
珍しく溌剌とした笑みを零した泉水に周囲は一瞬驚き、
そんな一同に恥ずかしげに泉水は俯いた。
「も、申し訳ありません」
「いいえ。泉水さんにはいつもそんな風に笑っていて欲しいな」
「僕も、そう思いますよ。
本当に泉水殿は笛が好きなのですね」
「…………はい」
「そろそろお暇しなければならない刻限が近いですね。
もう一度、合わせてみましょうか」
彰紋の合図で、泉水は息を大きく吸い込むと一心に笛を奏で始めた。
その笛の音に、彰紋の筝の琴、紫姫の琴の琴、花梨が和琴で追いかける。
遠くから琵琶の音が追いかけてきた。
「!」
驚いた泉水に彰紋は笑って続けましょうと合図すれば、
泉水は頷き、もう一度旋律を繰り返して演奏が終わった。
「何処からか琵琶の音がしましたね」
「きっと尼君でしょう。
尼君は琵琶が堪能でいらしたから。
僕や兄上は聴かせてもらっていたものです」
「……そうなのですか」
「何度も音を合わせましたから、おばあ様もきっと覚えてしまいましたのね」
花梨がくわーと伸びをして足を投げ出して座った。
「あー、足がしびれちゃった。
本当に皆上手だね!」
「神子も良く頑張られました」
「わたしが頼んだんだもん。でも、凄く楽しかった」
「そうですね。
ええと、じんぐるべる、……でしたっけ?
なんだか変わった曲ですが、楽しい曲でした」
「冬にするお祝いの時期によく歌われる歌なんだよ。
……今日はクリスマスだから、何か楽しいことをしたかったんだ」
「……そうだったのですか」
「うん。
だから今日は皆が一緒にいてくれて本当に楽しかった」
「私も楽しかったです」
珍しく溌剌と笑う泉水に、彰紋は目を細めて笑う。
「ええ、泉水殿と同じく、僕もとても楽しかったです。
この曲をずっと忘れないでいようと思います」
「私も神子殿に教えていただいたこの曲を決して忘れません。
彰紋様、また……是非合わせてくださいね」
「ええ、いつでも」
「本当にお二人は仲良くていらっしゃるのですね。
まるで兄弟のようですわ」
にっこりと笑う紫姫に、彰紋の顔は一瞬曇る。
「……そうですね。
ずっと手を取り合えるようなそんな関係でいたい。
それには僕の覚悟が必要なのですが」
「……どうしたの?彰紋くん」
「いえ、何でもありません。ですが、神子。
僕が真実と向き合う勇気を得たのは貴方のお陰なんです。
貴方がいたから、僕はこうして前を向いていることができる。
それは忘れないで下さい」
「うん」
「……彰紋様が、今のようにずっと微笑んでいられるように私も
力を尽くしていきたいと思っております」
「わたしも、二人が仲良くしてるのを見てると嬉しくなるよ」
三人で顔を見合わせて笑う。
「……あと、もう少しですね。神子」
「うん。
今日楽しかったから、明日からはもっと頑張れる気がするよ」
「ええ、神子、僕もそう思います」
では、完全に日が落ちる前にお暇しましょう。
ありがとう、と花梨が言うと二人は笑顔で帰って行った。