眠っている時の忍人さんの顔はどこかあどけなくて、切ない気持ちにさせられる。
 すうすうと寝息をたててくれているのならまだいいのに。
 忍人さんの眠りはどこか死に近くて、顔へぐっと寄せなければ聞こえないほど静かだ。
 じっと見つめていれば気がつく程度に胸が上下して、ああ息をしている、といつもほっとした。
 このまま目覚めないんじゃないだろうかと何度思ったことだろう。
 端正な横顔。
 笑顔を向けてくれなくてもいい、その怜悧なまなざしを向けてくれるだけでいい。
 貴方が起きている時間に居合わせたくて、起きてこない貴方の寝顔だけでも見ていたくて。
 日に数度執務の合間を縫って顔を見に来る。
 起き上がって竹簡を眺めているときもあるけれど、
 たいがいこうやって静かに眠っていた。
 傍らに立てかけてある刀が目に入る。

 破魂刀。

 今は生太刀となったその刀は、忍人さんの命を吸って力を発揮してきた。
 その輝きに何度救われたかわからない。
 忍人さんの命の輝き。
 あれはそういうものだったんだ。振るわないと誓ってくれた。
 けれど……わたしと出会う前に幾度と無く死線を越えるために忍人さんはその力を
 ためらわずに振るっていた。
 間に合ったのだろうか。
 忍人さんは命の力を使い果たしてはいないだろうか。
 静かに眠る貴方を見ていると、不安に駆られる。
 確かに破魂刀は生太刀となった。けれど、生太刀に変わってからの方が、
 忍人さんの覇気が薄れた気がした。
 なんていうのか。

 もうやりたいことをやりつくしたような。

 思い残すことは無い、というような顔で時々わたしを見ている気がする。
 女王となるのだから、これからならわたしは忍人さんの願いを叶えてあげられるのに、
 何も望むことは無いと忍人さんは晴れやかな顔で微笑む。
 こんなところで満足しないで、もっともっと先へ行きたい。忍人さんと一緒に。
 皆が幸せになるようなそんな国を作りたい。そんな風に話してみても、
 忍人さんはわたしにならやれるだろう、と言うだけだ。
 傍にいて支えて欲しいのに。
 わたしは眠る忍人さんの傍らに座り、前髪を撫でてみた。

「忍人さん」

 こうして声をかけても起きてくれる時とくれない時がある。
 貴方は睫を震わせて、すうっと目を開けた。

「千尋、来ていたのか。
 執務は」
「ちゃんとやってますよ。
 今は休み時間ですから。大丈夫です」
「そうか」

 忍人さんはふっと笑うと、体を起こした。
 忍人さんに寄りかかれば、穏やかに笑ってくれた。

「新しい年になりますね」
「……そうか。新しい年を迎える前に戦が終わって良かった。
 兵たちも家で家族とともに新しい年を迎えることが出来ただろう。
 それに、冬に入ってからの戦は無駄に兵の命を奪う。そうならなくて本当に良かった」
「そう、ですね」
「千尋がいたからだ。
 千尋がいたから、こうして橿原を奪還出来た。
 常夜も恵が戻り、あるべき姿を取り戻すだろう。皆君のおかげだ」
「そんな」
「こうして、……新年を祝えて嬉しい……そんな気持ちがあったことすら忘れていたんだ。
 皆戦に明け暮れていた。民も不安だった。
 皆君のお陰だ。感謝している」
「わたしは、忍人さんと祝えたら嬉しいです」
「そうか」

 忍人さんはひっそりと笑った。
 満ち足りたような笑顔。
 わたしはその笑顔を見ると不安になる。
 きゅっと袖を握れば、忍人さんは一瞬驚いたような顔をして、笑ってくれた。

「俺も君と新年を祝うことが出来て嬉しいと、そう思う。
 ……新しい年と君に幸があるように、祈っている」

 手にほんのりと熱が伝わり、忍人さんは照れているのか少し、顔を背けた。
 わたしも同じ気持ちです。
 そう伝えたくて。わたしは袖を握った手を、忍人さんの手に重ねた。

背景画像:空色地図

新しい年に 忍千ver.