18
譲が調理、将臣と望美が飾りつけの担当。
そんな風にしてクリスマスを迎えるのは何度目だろうか、と譲は思った。
普段の年と違うのは、両親が不在なのと、たくさんの仲間たちに囲まれていること。
けれど譲が調理担当で、将臣と望美が飾りつけ担当なのは変わらない。
将臣と望美は飾りつけと味見担当と言うべきだろうか。
新しい匂いがするたびにふらふらと台所へ来て、つまい食いをして
リビングの飾り付けに戻る。
見慣れた光景だった。
「なんだこれ、おっ、旨いじゃないか。
ほら、敦盛」
「つまみ食いなんて悪いだろう」
「そういいながらお前も食べてるだろ、敦盛。
結局後で食べるんだから一緒だろ。出来立てのほうが旨いさ」
「……一緒じゃない。こっちだって数を数えて作ってるんだ。
邪魔するのならあっちに行ってくれないか」
「すまない……」
敦盛がヒノエを連れてリビングにそそくさと戻る。
今年はつまみ食いをする人数が増えた。
それは別に嫌なことじゃない。
そのつまみ食いを注意することからクリスマスパーティの気分が始まる。
見て見ぬふりをしていると、気づくまでつまみ食いをする人間もいるくらいだ。
自分のツッコミを待っているだけなのかもしれないとすら思う。
にんじんサラダ用のにんじんをムーランで削りながら気配を感じれば、
ボウルには二つの影が映りこんでいた。この色は。
「……見えてないと思うなよ、兄さん」
「おう、その眼鏡は流石に伊達じゃないな」
「……先輩もですよ」
「ばれたか」
完全に背中を向けたままなのにどうしてばれたんだよ!と
二人はじゃれあいながらリビングに戻って行く。
あの調子で飾りつけは終わるんだろうか。
振り向けばリズヴァーンと九郎が裏山から引っこ抜いてきた
もみの木が飾り付けされていた。
思わずため息をついた譲を、朔がくすくすと笑った。
「本当に譲殿は心配性ね。
まだまだ作る料理はたくさんあるからこちらの方が大変だと思うけれど」
「朔がいてくれて助かるし、だいたい作業の目安はついてるから、
時間通りに仕上がるよ」
「まあ」
「でもまあつまみ食いもされないほどまずそうに見えないのなら安心かな」
「譲くんの作る料理は何でもおいしいよね。
うん、これも絶品」
「……あーにーうーえー?」
「お、と、と。朔そんなものを振り回したら危ないよ。
頼まれたものを買い出しして来たんだからこれくらい許してくれたっていいでしょ〜」
「助かりました。ありがとうございます」
「それにしても凄い量だね」
「11人分ですから、これで足りるといいんですが」
「そうだねえ。
じゃ、楽しみにしてるよ〜」
朔の構えた包丁を白羽取りして、景時は苦笑いしてリビングへ行った。
「これが焼きあがればほぼ終わりかな」
ローストチキンの仕込みを終えてオーブンへ入れ、スープの味を確かめ、
譲は流しの洗い物に取り掛かった。
大量の洗い物が済んだころには、チキンの焼けるいい匂いが立ち込めてきた。
そろそろケーキを仕上げる頃合かな。
譲は苺を朔に洗ってもらい、切り方を教え、生クリームを泡立て始めた。
その音に、望美が台所へ再びやってきた。
昔、電動泡立て器で泡立てている最中に指を突っ込んで、
生クリームをすくいとろうとしたところを譲に死ぬほど怒られてから、
望美はそれをしなくなったけれど、次第に泡立っていくクリームをうっとりと見つめている。
譲は苦笑いして、朔からひとついちごを受け取ると、
まだゆるいクリームをそっとさらって、望美に渡した。
「えこひーき」
「先輩は特別だから、いいんですよ」
「譲は望美ばっかり贔屓し過ぎ」
「わかったよ」
譲はクリームを少し掬い取ると、将臣の鼻の頭に載せた。
「それでいいだろ」
「よくねーよ」
「クリームだろ」
「……良くないだろうが。……でも旨い」
「…………そうか」
冷蔵庫で冷やしていた薄く焼いたスポンジを取り出すと、
望美が丸いケーキじゃないの?とがっかりした声を出した。
「丸くなりますよ?」
「えっ、どうやって?」
譲は同じ幅にスポンジをきっちりと計り同じ幅に切ると、いちごと生クリームを
挟みながらくるくると巻きつけた。
「今回は人数が多いですから大きくしないといけなかったので」
「おお、凄いな。やるじゃん、譲」
「型で焼くとどうしても限界があるからな」
譲が淡々と作業していくと、次第に丸いケーキが姿を現した。
こんなものかな、と周りを生クリームで覆うと、
いつもの丸く焼かれたケーキと区別がつかない仕上がりになった。
切れ端に生クリームをつけて、望美と朔、そしてしぶしぶ将臣に渡す。
将臣は満足げにそれをほおばりながら、しみじみとケーキを眺めた。
「なんか懐かしいな、この大きさ」
「……うん、おばあちゃんのケーキみたい。
おばあちゃんのクリスマスケーキっていつもとびきり大きくて
皆で大喜びしたよね」
「……おばあちゃんのケーキはこれより小さかったと思います。
……俺たちが小さかったんだ」
「そっか。
三人で誕生日でもないのにろうそくを消したよね」
「で、真っ暗になって電気がつくと、
何でかツリーの下にプレゼントが置いてあるんだよな」
「毎年、誰が置いているのか謎でしたよね」
三人が喜んでケーキを頬張るのをおばあちゃんは目を細めて嬉しそうに眺めていた。
その記憶がよみがえる。
譲はケーキの飾り付けを終えると、慎重に冷蔵庫にしまった。
「……素敵な思い出ね」
朔が微笑むと望美が朔に抱きつき、今年は一緒だよと笑いかけると、
朔はええ、と頷いた。