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 興味深げに頷いて、友雅は優雅にぱちりと扇を鳴らした。

「ふむ。
 ではそのクリスマス、という日は大切な人と過ごすことが多い日、という
 解釈で間違いはないのだね」
「まあ、間違ってはいないとは思いますけど、
 友雅さんが言うと何かへんな風に聞こえる気がする」
「おや、神子殿それは心外だね」
「そう茶化されると、よりいかがわしく聞こえてしまうのは仕方ないかと、友雅殿」
「言うね、鷹通」

 にやりと笑う友雅に、鷹通はため息をついた。
 あかねでなくとも、友雅の言葉尻からは隠微な響きが聞こえる気がして、
 鷹通は自分の頬が熱くなるのを感じ、俯いた。

「そうやって下を向いてしまったら、
 君もそのいかがわしいことを考えている証明になってしまうと思うのだがね」
「からかわないでください、友雅殿」
「別に想う相手とどう過ごそうとかまわないではないか。
 どう過ごしたいと考えても、考えるだけならば自由なのだから」
「……あんまり鷹通さんをいじめないでください、友雅さん」
「おや、いじめるなどとは心外だね。
 でも神子殿。
 そのクリスマスという日は、想うもの同士が一緒に過ごす日でもあるのだろう?」
「……そうですけど」
「おや、君も顔が赤いね。
 では私の予想もそれほど外れてもいないわけだ。
 天真や頼久も妙な顔をしていたよ」
「でも家族や友達と過ごす人も多いんですってば。
 わたしはただ……」

 もういい!と言う様にあかねは席を立って行ってしまった。

「おやおや、初々しいことだ」
「神子殿は、皆で一緒に楽しく過ごしたいと考えておられたのに
 酷なことを」
「……どちらが酷だろうね。
 皆で過ごすより、神子殿と二人きりで過ごしたいと思う者の方が
 多い気がするのは気のせいではないと思うのだが。
 そんな健気な者たちの想いを踏みにじるのは酷いことではないのかね?」
「……」
「そして君もその健気な者のひとりだろうに、ね。鷹通」

 カッと耳まで赤くなり、鷹通は勢いをつけて失礼しますと立ち上がり、
 あかねを追って行った。

「そこで返せないのなら本当ですと言ったも同義。
 皆初々しいことだね。
 けれど、それが少し羨ましくもある」

 あんな風に頬を染め、一途な瞳で誰かを想う情熱に身を焦がすこととは
 どんな快楽なのだろうか。
 それを羨ましいと正直に言えない私は確かに彼らに嫉妬しているのだろう。
 じりじりと京を焼くこの日差しのような感情にこの身を晒してみたいものだ。
 そんな日が来ることはあるのかな、と友雅は鷹通が駆けていった先を見つめた。




「ここにおられましたか、神子殿」
「鷹通さん……」
「泣いておられるのですか」

 ぐいぐいと目をこするあかねの手を、穏やかだけれど有無を言わせない力で、
 鷹通はつかみ、目をこするのを止めさせる。

「このままでは腫れてしまいますから」

 そっと懐紙で涙をぬぐえば、あかねはごめんなさいと俯いた。

「友雅殿に言われたことで泣かれているのですか。
 申し訳ありませんが、私には理由がわからないもので」
「友雅さんが言ってたことは間違いじゃないんです。
 恋人同士でクリスマス・イヴは美味しいものを食べた後、
 そのまま一晩一緒に過ごすとか、当たり前のことなんですけど、
 何だか恥ずかしくて」
「恥ずかしくて、泣いておられる?」
「違います。
 わたしは今まで彼氏とかいたことがなかったからそういうことは
 したことはないから。
 ずっと家族でクリスマスを過ごしてたんです。
 友達ともクリスマスパーティをしたりして。だから」
「……家族のことを思い出されていたのですか」
「思い出してたって言うか……、
 もうすぐで全てが終わりますよね。
 アクラムとの決着もつけなくちゃいけないんでしょう?
 だったら皆と一緒にいられるのはもうすぐ終わってしまうから、
 だから……」

 今目の前にいる愛おしい人がいなくなる時が訪れる。
 そう改めて思いついて鷹通は、息苦しさを覚えた。
 この気持ちは、何だ。
 ……あかねの寂しがる気持ちも理解は出来る。
 皆と一緒に楽しい思い出を作りたいという気持ちもわかる。
 けれど、それ以上に今目の前にいる女性の特別な存在になりたいと、
 強く願う自分が浅ましいと感じた鷹通は友雅の言葉を初めて理解した気がした。
 仲間か、恋か。
 両方は選べないのだろうか。
 今までならば役目と仲間を迷いなく優先しただろう。
 でも、今は?
 これ以上考えて答えを出してしまったら自分はどう変わってしまうのだろうか。
 今は何もわからない。答えが出せないのなら、まだ変われないのなら。
 目の前の愛おしい人が望む役目を演じなければ。
 鷹通は、そっとあかねの手をとり、

「貴方は優しい人ですね。
 貴方が望むように致しましょう」

 そっと微笑めば、あかねはいつものとおり安心したような笑顔を浮かべてくれた。


16.あこがれ

遙かなる時空の中で 藤原鷹通&橘友雅