夢の続き






 この世界に降り立ったときそこは、焼け野原でした。
 なんでも他の大きな国と戦争をして、もう負けを認める寸前だったそうです。
 誰もが疲れ切った顔をして、誰も相手にはしてくれませんでした。
 探し人など日常茶飯事で、家を失った人もたくさんいて、帰る場所がない人などざらにいました。
 尋ねてまわるたび、皆少し哀れんだ顔をしてはくれましたがみんながいっぱいいっぱいで、
 誰も相手にはしてくれませんでした。
 疲れた果て、座り込んだわたくしに声をかけてくれたのはあの人だけだったのです。
 神子様。貴方に早くお会いしたいのです。早く一緒に帰らなければいけないのです。
 貴方はどこにいらっしゃるの?
 龍神様ともはぐれてしまってわたくしは家に帰れないのです。
 貴方に早くお会いしたいのに、貴方はいったい何処にいらっしゃるの?

「スミレおばあちゃん」

 はっ、とまどろみから覚めて見回すとそこは見知らぬ天井だった。
 胸の苦しさを訴えたところまでは覚えている。
 腕を上げてみると点滴の管が見えた。ああ、ここは病院なの。
 横を向けば不安そうな顔がみっつ並んでいた。
 あらあらそんなに瞳いっぱいに涙をためて。三人とも。
 菫はベッドの上で苦笑いする。
 もうそんなに長くは生きられないって知っていたのよ。
 だからそんなに悲しまないで。わたしは精一杯生きたのだから。

「将臣、譲、望美ちゃんよく来てくれたわね」

 ベットのはじから三人が握り締めてくる手。
 あたたかくて、しめっている子供の手。
 そこから感じる生きているという波動に眩暈がする。
 そう、この子たちは今生きている。わたしにはこの命の力はもうほとんど残っていない。
 長い長い時の旅の末に出会ったわたしのたからもの。
 この子達に出会うためにわたしは龍神様と共に時を超えたのね。
 菫は体を起こし、子供たちの顔を見つめ、ほほを撫でた。

「スミレおばあちゃん、だいじょうぶ?」
「ええ。今はとても気分がいいの。おはなしぐらいは出来そうよ」
「おばあちゃんいつ帰ってくるの?」
「……そうねえ。そう遠くないと思うわ」

 懐かしい我が家。
 遠い時空を隔てた生まれた場所より長い時間を過ごした場所。
 あの人と共に生きた場所。
 何度もくじけそうになったわたしを穏やかにずっと支えてくれたのはあの人だった。
 望美ちゃん、わたしの神子様。
 貴方に出会うまでの長い時間どれだけわたしは貴方をお待ちしたことか。
 何度諦めてしまいそうになったでしょう。
 あの人に励まされなければわたしは神子様に会えなかったかもしれない。
 使命をあきらめ、自暴自棄になって生きたかもしれない。
 わたしの魂は死んだら何処へ還るのでしょう。
 もといた時空(せかい)?それともあの人と同じ場所?
 神子様や将臣や譲の行く末を見守るならあちらだけれど、出来ればあの人と同じ場所に召されたい。
 ひとあし先に逝ったあの人によく頑張ったと誉めてもらいたいの。
 自分勝手かもしれないけれど。それくらいのご褒美赦してはくれないでしょうか、ねえ。龍神様。

「望美ちゃんが来てくれてとても嬉しいわ」
「ほんとう?おばあちゃん」
「ええ、本当よ?」

 するすると望美の髪をすく。
 神子様。貴方はきっと美しくなられるのね。
 向こうで出会ったら貴方の髪をすいて差し上げられたかしら。
 貴方をお助けして、親友になれたかしら。
 今となってはわからないけれど。
 貴方に初めて会えた日の感動は忘れられない。
 隣に引っ越してきた若い夫婦。頼る人があまりいなかったのもあったし、
 息子夫婦と同じ時期に妊娠がわかったこともあって、自分の子供同然に春日夫婦の面倒をみてきた。
 何故かそうしなければならない気がしたの。
 そして先に将臣が生まれて。
 貴方が生まれてきた。
 貴方に初めて会った時にわかったの。
 わたしに流れる星の一族の血が貴方が神子様だと教えてくれたから。
 血が喜びで沸き立って。幸せで満たされた。
 そして、譲が生まれたときに最後の夢を見た。
 神子様……望美ちゃんと将臣と譲があちらの世界へ渡る夢。
 今思うとあの時星の一族の夢見の力は譲へわたったのね。
 譲は怖い夢を見たとよく泣いていた。
 わたしの子供の頃とそっくりでつい甘やかしてしまったかしら。
 こうやって出会えたことは大きな喜びだったけれど、貴方をお助けしてみたかった。
 貴方と共に帰る日をずっと夢見ていた。星の一族としてお役目を果たしたかった。
 その役目は将臣と譲にお願いするわね。どうかわたしの神子様をお助けしてね?
 辛い役目になるかもしれないけれど。わたしのかわりにお願いね。
 譲にも将臣ににもあの人の面影がどこかあって懐かしい気持ちになるわ。
 優しさとおおらかさは将臣に、意思の強さと思いやりは譲にきちんと受け継がれている。

 わたしがこの世界に降り立ったとき、この国は戦争の終わる頃だった。
 もといた世界も戦はあったけれど、あんな風に全てが灰になるなんて。
 何もわからない、誰も知る人のない瓦礫の街で途方にくれていたわたしに声をかけてくれたあの人。
 戦争中で、空襲に逃げ惑う人、家族とちりぢりになるのは日常茶飯事だったから、
 『尋ね人』がいたわたしを特別不思議に思わないでいてくれた。
 帰る場所もいく場所も家族も待ち人もないわたしを助けてくれた人。
 姫育ちで何も出来なかったわたしに苦笑いしながらも根気強く色々教えてくれた人。
 後でわたしが『探していた誰か』についてまさか顔も名前も知らないとは思っていなかったと言っていた。
 まあ普通探すのは知っている誰かのこと。知らない人を探すなんてありえないこと。
 まさか出会えるまでに30年近くもかかるなんて!
 あんまりわたしが必死に探していたから将来を誓った誰かを探しているのかもと思っていたと言っていた。
 数年がたち、それでも神子様に会えなかったわたしに貴方は言ってくれたわね。
 神子様に会えたとき、別れる運命かもしれないけれどそれまで一緒に生きようと。
 神子様に会うまでは帰らないと覚悟を決めてこの世界へ渡ったはずなのに、
 数年がたちわたしは帰りたくても帰れないことに疲れ果てていて。
 帰る場所がない心細さに泣いてばかりいた。
 あの人はこの世界のわたしに帰る場所をくれた人。
 あの人がいたから神子様貴方にお会いできました。
 将臣や譲というかわいいかわいい孫を授かることが出来ました。
 貴方はわたしが神子様に出会えたのを見届けるように逝ってしまった。
 もう充分です。わたしの一生は何て幸せだったことでしょう。

「将臣、譲。おばあちゃんと約束して頂戴」
「……なに。ばーちゃん」
「うん、おばあちゃん」
「将臣、譲。ふたりで必ず望美ちゃんを助けてあげてね。
 護ってあげてね」
「?」
「うん、おばあちゃん」

 なんのことかよくわからないという顔をした将臣と、神妙に頷いた譲。
 菫は苦笑いしながらもう一度言い含める。

「将臣」
「……わかったよ、ばーちゃん」

 仕方ないな、という顔をして将臣が頷いた。
 その仕方ないなという表情に夫の面影が重なる。
 ああ、貴方に会いたい。もう、充分です。

「ありがとう。少し、疲れたから寝かせてね。
 貴方たちに会えて、本当に幸せだったわ」

 菫はゆっくりと目を閉じた。
 よく頑張ったね、とあの人が頭を撫でてくれたような気がした。






背景画像:空色地図

本当は八月十五日にアップしたかったのですが夏の祭典に行ってしまい。(苦笑)
捏造も捏造なのですが、空襲で焼け爛れた廃墟のような町で、
神子様は何処ですかと尋ねて回る若い菫が思い浮かんだので書いてしまいました。
公式で設定があったら申し訳ないです。(苦笑)
三叉路でおばあちゃんはどう思っていたの?という問いかけがありそれのひとつの答えになったらと思います。【090816】