甘い願いとほろ苦い想い




 そろそろ蒸しあがる頃だ、と譲は蒸篭の蓋を上げる。
 もくもくと蒸気があがり、中には茶碗に入ったプリンが並んでいた。
 串をさしてみる。
 あがってくる液は透明。

「もう、いいな」

 譲はかまどから蒸篭を持ち上げて、下ろした。
 布巾を幾重にも重ねたもので茶碗を一つ一つ丁寧に持ち上げる。
 薄く水を張ったたらいにゆっくりと置いて冷ます。
 井戸からの汲みたての水を数度変え、
 じんわりと冷えてきたところで、はちみつをたらす。
 白龍がじっとその手を見つめている。
 出来上がるのをじっと待っているのだ。
 譲は白龍ににっこりと微笑んで、

「もう出来たから、先輩を呼んできてくれないか?
 みんなで食べよう」

 白龍は頷いて望美のもとへと駆けていった。
 譲は出来上がったプリンを見てため息をつく。
 望美は食べてくれるだろうか。
 前に作ったときは満面の笑みで食べてくれたけれど。
 食欲がないわけではないから、見た目そんなにやつれてはいなかったが、
 望美はだんだんと肉や魚を受け付けなくなっていた。
 その気持ちは譲にはわかる。
 でもこのままでは、きっと倒れてしまうに違いなかった。
 豆腐や、豆料理……そしてこの世界であまり一般的ではない卵料理。
 肉や魚ではない蛋白源で望美の体力をなんとか維持しようと努める。
 譲は自分が御膳を整えることで望美の体調の管理をしていた。
 それくらいしか出来ることはないから。
 蛋白やビタミンなどの概念のない世界。
 衛生観念も、もといた場所とは天と地ほどの開きがある。
 ましてや戦で転々と拠点を移動する日々。
 望美の疲労がピークに達するのは時間の問題かもしれなかった。
 自分が気を配ることで、望美の負担が軽くなるなら。
 譲は手間を惜しむつもりはない。
 茶碗に水が入らないようにたらいをそっと持ち上げて、
 譲は皆の集まる広間へあがった。

「あっ、譲くんのプリンだ!きゃ〜!冷たい!嬉しい〜」

 望美が駆けてきて、茶碗を頬にぺたりとつける。
 白龍は嬉しそうにさじですくって一心に食べ始めた。
 弁慶は苦笑する。

「あまり冷たいものを食べるのは体に良くないのですが、
 偶にならまあいいですね。このぷりん?はおいしいですし」
「譲殿のこのお菓子はつるりとして甘くて。わたしも好きよ」
「本当だよね〜なんでこんなものが出来るのかオレにはわからないよ!
 う〜ん、いつもながらおいしいなあ!」
「景時さんが作ってくれた蒸篭のおかげですよ。
 俺が口で説明しただけなのに、思ったとおりのものを作ってくれて。
 ありがとうございます。助かります。
 ……先輩、どうですか?うまく出来てますか?」

 譲は望美を注意深く見る。
 望美はさじですくって一口、二口……。
 譲は安堵のため息を漏らした。

「うん、おいしいよ。はちみつのやさしい味がする。
 でもたまにカラメルソースが恋しくなるけど、ワガママはいけないよね〜」

 望美は笑ってプリンを口に運ぶ。
 でもその目は少し遠くを見ていた。
 かえって思い出させてしまったか?と譲は少し、後悔する。

「カラメルソースは……出来ないことはないんですが、難しくて。
 そのうち挑戦してみますね」
「えっ、出来るの!?
 出来るんだら久々に食べたいな」

 望美の瞳が少し輝いたので、譲はその願いを叶えたいと思った。

「からめるそおす、とは何だ」
「砂糖をわざと焦がして、ほろ苦く煮詰めたタレのことですよ。
 純粋な砂糖がないから……煮詰めるのが少し難しいんです。
 甘葛は高価ですしね」
「苦い……のがうまいのか?」
「ええ、甘いこのプリンにほろ苦いタレがよくあうんです。
 このプリンにつきものなんですよ」
「甘葛があればいいのかい?姫君のためならいくらでも用意させるよ?」

 気障な言い方だ、と譲は眉をひそめる。
 譲はヒノエが嫌いなわけではない、少し癇に障るだけだ。
 自分と年が近いくせに妙に自信にあふれていてそれが単純に羨ましいのかもしれなかった。
 ただ望美に対してのアプローチが直球過ぎる。
 それを赦すつもりは譲にはない。

「甘葛ですか?僕も欲しいですね。いい薬の材料になりますし」
「アンタのために用意させるんじゃないさ、姫君のためだよ」

 甘く入った弁慶の牽制にヒノエはすぐに食いついた。
 その隙に譲は白湯をもって望美に近づく。
 元気な頃の望美ならもうとっくに茶碗の中身はないはずだが、
 ……望美の手は止まっていた。
 プリンでも、駄目なのか?
 自分の無力さに譲は肩を落としかける。

「先輩、どうぞ」

 白湯を手渡され、望美は我に返る。
 手元にはまだプリンが残っていた。

「ありがとう」
「食欲……ないんですか?
 先輩は夏は少し弱かったんでしたね」
「……アイスクリーム、食べたいな」

 ぽつりと望美は言った。
 望美は譲の目をのぞく。

「……え?」
「アイスクリーム、食べたい。譲くん」
「アイスクリーム、ですか」

 譲は面食らって、一瞬困惑した顔をしてしまう。
 いけない、と思ったときには
 ごめん。
 小さくこぼすと、白龍にプリンを渡して
 望美は奥へと駆けていった。
 譲は一瞬呆然として出遅れる、その背中をたたいたのは朔だった。
 譲は弾かれたように立ち上がり、望美を追った。
 腰を浮かしかけたヒノエをじわりと弁慶が押し留める。

「君が行っても、望美さんの気持ちはわかりません。
 譲くんに任せましょう」


 奥へ奥へ、望美は走っていく。
 譲は懸命に追いかける。

「先輩」

 ごめんなさい。
 望美は立ち止まって小さくこぼした。

「ワガママいってごめんなさい」
「先輩のわがままなら、俺は全部かなえてあげたいです」
「無理言っちゃってごめんね」
「俺はかまいませんよ。それで先輩が元気になるなら。
 ……アイスクリーム、作ってみましょうか」
「だって冷蔵庫、ないでしょ?」
「なくても作ろうと思えば作れるんです。」

 大丈夫。
 譲は望美に笑いかける。
 精一杯の気持ちをこめて。
 そして頭をフル回転させて考える。
 アイスクリームの作り方、を。

「これがあいすくりーむなのか」
「ぷりんよりずっと冷たくて……舌の上で溶けるのですか。
 本当に興味がつきませんね」
「おいしいんだけど、冷たすぎて頭が痛くなってきたよ〜」
「兄上はお腹を出しているから冷えやすいんです」
「朔、ちょっとそれは酷いよ〜」

 何でもすると言ったヒノエに氷を取り寄せてもらい、塩を振りかけてさらに温度を下げる。
 貴重な氷の冷たさを最大限生かすために、銅のボウルのようなものを
 景時の発明品から拝借してきた。
 それを利用して混ぜながら冷やしていく。
 だから大量には作れなかった。
 結局できたアイスクリームは茶碗一杯分。
 みんな恐る恐るさじですくって口に入れる。

「どうですか、先輩?
 バニラがないので少し物足りないかもしれませんが」
「……冷たくて、おいしい」
「……よかった」

 譲は心底ほっとした笑顔を見せる。
 それを見て望美は照れて笑った。

「ワガママいってごめんね?」
「いえ、いいんです。それより上手くできてよかった」
「美しい姫君はどんどんワガママを言っていいのさ。
 好きな女のワガママを叶えるのは男の醍醐味なんだからね」

 とヒノエは望美にウィンクする。
 いちいちヒノエは癇に障る言い方をする、と譲は思う。
 でもその意見には賛成だった。
 望美の願いならいつだって叶えたい。
 それを叶えられるのが自分だけだとしたら、それは幸せで叫びだしたいくらいのことだった。
 貴方が望むなら俺はなんだって出来る気がするんです。






背景画像:S-cirl

譲がはちみつぷりんを作るわけ。何だか暗くなってしまいました。
そして望美のキャラが……違う?
アイスクリームはやりすぎ?
でも冷凍庫があればアイスクリームそんな難しくないですよね。
譲なら根性で作ってしまいそうな予感がしたのでやってしまいました。
最初は白龍に氷を作ってもらっていたのですが、リアリティがなさ過ぎたので、
『なんでもする』と言った熊野別当に頑張ってもらいました。【090624】
お気に召していただけたらぽちっとして頂けると幸いです