夢を見にいきましょう






 幸鷹さんとわたしは7歳の年の差があるけれど。
 こんなにも違うなんて思ってもみなかった。
 この違いは年齢だけじゃなくて、育った環境の差なんだと思い知る。
 確かに幸鷹さんは現代で生まれて、現代の常識もあるのだけれど、
 八年も暮らした京での習慣もまた、体にしみついているわけで……。

「あのう、幸鷹さん」

 花梨は状況をよく飲み込めず、途方にくれて売り場を見回した。
 ここは某電気量販店の家電売り場。
 おおよそ高校生がデートする場所とはかけ離れすぎている。
 幸鷹は真剣に冷蔵庫のカタログを眺め、比較検討しているようだった。
 熱心に見ているせいか、花梨の声が聞こえていない。

「幸鷹さん」
「……花梨」

 まわりにいるのはカップル……というよりももう少し落ち着いた組み合わせの男女や、
 家族連ればかり。
 高校生である花梨は居心地が多少悪かった。
 そんな花梨に気も留めず、楽しそうな幸鷹。
 花梨は少し苛立ちを滲ませてもう一度幸鷹に問う。

「幸鷹さん。今日は何しにここに来たの?」

 半泣きな花梨に幸鷹は少し驚きつつ、くすりと思わず笑ってしまう。
 そんな幸鷹の余裕な態度にさらに花梨は苛立ちを覚える。

「幸鷹さんってば!」
「……わかりませんか」

 幸鷹はくしゃりと花梨の頭をなで、苦笑した。

「わかりません。どうせわたしが子供だっていうんでしょう?」
「……そうとも言えるし、そうでないとも言えますね。
 確かに貴方はまだ高校生だけれど、私は貴方を一人前の女性だと思っています。
 でなければ、こんなことは思いつきません。
 一緒に見に来て欲しい、だなんて」
「どういうことですか?」

 じっと花梨は幸鷹を見上げる。
 幸鷹は申し訳なさそうな笑顔を浮かべた。

「ああ、やっぱり京に残るべきだったかなと思う時があります」
「……残りたかったですか?」

 花梨が泣きそうな瞳をして見上げるので、
 幸鷹は思わず肩を抱き寄せて囁く。

「残っていれば、もう貴方は私の妻だった」
「……!」
「そう思うと少し惜しい気もするのです。
 貴方は確かに高校生だけれど、もう16歳で。
 法律上はもう、結婚できる。そう思うと少したまらない気持ちになります」

 照れて、花梨がそっぽを向こうとするのを見て幸鷹は微笑んだ。
 指であごをひょいと向かせる。

「この歳で結婚するなど、早すぎるのもわかっています。
 焦るつもりも無い。
 高校生の貴方とこうやって付き合うのも楽しい。
 制服を着た貴方は可愛らしいですし。
 ですが、16歳なんて……あちらではもう結婚適齢期、なんです。
 頭ではわかっているのに、あちらの常識もまた私の身にしみついていて」
「幸鷹さん」

 花梨は幸鷹のシャツのすそを握る。
 幸鷹は大丈夫と目で合図する。
 一緒にいるのに、一緒にいたかったから帰ってきたのに。
 京の話になると少しの寂しさがこみ上げてくる。
 でもその寂しさは二人でしか分かち合えない痛み。  その痛みすら嬉しいと思うこともあるけれど。
 幸鷹はいたずらっぽく微笑んで

「貴方をかならず、妻に迎えます。
 この気持ちはこちらでも、京でも変わりません。
 出来るなら今すぐにでも貴方を貰い受けたい。
 ……無理だとわかっています。だから」
「……だから?」
「実家と、私の職場の距離が少し遠いのは知っていますね」
「えっ?はい」
「そして貴方の住む町は職場を挟んで実家とは逆方向」
「そうですね」
「だから、今なかなか会えない」
「……はい」
「私はそれが寂しい」

 寂しいとはっきり告げた幸鷹の顔をはっと花梨は見上げた。
 その気持ちは花梨も同じで……。
 だからこそ何故せっかくのデートでこんな場所にと不満がわいたのだ。
 でも、今幸鷹の気持ちが伝わる。

「なかなか同じ時間が過ごせなくて、寂しい。
 貴方をまだ娶ることが出来なくてそれが悔しい。
 だから、私は独立しようかと思うのです。実家から。」
「……」
「こちらの生活にも慣れてきましたのでそろそろと思っていました。
 二人の部屋、というわけにはいきませんが、
 貴方の場所であるとも思って欲しいのです。
 時間があうなら……一緒に過ごしたい。二人きりで」
「待ってください。
 幸鷹さんの部屋なら、幸鷹さんが自分で選べばいいじゃないですか!」
「……冷蔵庫がどれくらいもつか花梨は知っているのですか?」

 幸鷹がぶすっとした顔をしたので花梨は驚く。
 外でこんな子供じみた顔をするなんてよっぽど拗ねさせてしまったのか。

「貴方は十年も私に一人暮らしをさせる気なんですか?
 一緒に家電を選ぶなんて新婚の気分だけでも味わえるかと楽しみにしていたのに。
 貴方の好みとか考えとかを聞いて、二人で選びたかった。
 貴方も自分が使うもの、として考えて欲しかったのに」
「そんなことを考えていたなんて、わかりませんでした。ちっとも。
 ごめんなさい、幸鷹さん」
「……私が先走りすぎたのです。こちらこそすみませんでした。
 でも貴方がもし手料理を作ってくれたら、とか色々考えてしまうと。たまらなくて。
 貴方がどうしたいかなんて聞かずに、せっかくのデートでこんな場所に連れて来てしまった。
 私のエゴですね」

 しゅんとしてしまった幸鷹の手を握り、花梨はどうしたものかと思案する。
 いつもは大人で小憎らしいくらい余裕があるこの恋人が、
 時々自分がかかわるときだけ子供っぽさを露呈する。
 自分だけが余裕がないのではないかといつも不満なので実はこういう瞬間は嬉しい。
 しっかり目を見て話さなくちゃ。
 花梨はそこにあった椅子に向かい合って座ろうと幸鷹を促した。

「幸鷹さんの気持ちは嬉しいです。
 でも正直そんなことを考えたことなくて」
「……」
「幸鷹さんが大人だから、ついていくので精一杯なんです。
 まだ高校生だし、結婚とか考えないことないけど、
 ……実感がわかないから、いつか幸鷹さんと結婚したいな〜っていう、
 そういうのは夢みますよ」
「……結婚はまだ現実ではないと」
「高校生で結婚なんて、無理ですよ、普通。
 幸鷹さんはもう大人だけど、わたしは今は無理です。
 でもいつか絶対幸鷹さんのお嫁さんになる!なりたいって思ってますよ」

 花梨は真っ赤になってうつむく。
 幸鷹はそんな花梨に破顔して、左手の薬指をなでた。

「貴方のここに指輪を贈りたいと思っています」
「……嬉しいです」
「本当は今すぐにでも」
「幸鷹さん人の話ちゃんと聞いてますか?」
「聞いてますよ。今結婚出来なくても指輪を贈ることは出来る。
 そうは思いませんか?」
「それは」
「……法律的に籍を入れなくても、神の前で誓うことはなくても。
 今貴方に指輪を贈ることは出来る。
 貴方のどの指に嵌めてもらえるかは、貴方次第ですが」
「幸鷹さん」
「本当はここに指輪を贈って、所有の証を示したい。
 貴方が真に私の妻であると」
「所有って」
「……貴方は誰のものでもない。わかってます。
 でもうろつき貴方を見つめる他の男共に牽制、したいのです」
「そんな、わたしなんて誰もみてないですよ」

 幸鷹は盛大にため息をつく。

「貴方は貴方の魅力をわかっていない。過小評価しすぎている。
 私は不安なんですよ。貴方のまわりでうろつく男共が」
「わたしこそ、幸鷹さんのまわりの大人な女の人見ると自分で本当にいいの?って思います」
「私は貴方以外欲しくありません。
 だから貴方と私の居場所を作りたかった。
 今、結婚して一緒に生きていくのは無理だとしても。
 何かを始めたかったのです。貴方と一緒に」
「幸鷹さ……」
「話を急すぎてすみません。
 でももし一緒に考えて下さったとしたら」
「考えたら?」
「それはとても幸せなことではないでしょうか」

 幸鷹は微笑んで、真っ赤にうつむいた花梨の額にこつんと額をよせた。

「ああ、私は順番を間違えていたかもしれません。
 行きましょうか、花梨」
「えっ、冷蔵庫、見ないんですか?」
「実物を見ました。カタログも頂いていきます。今日はこれで十分です。
 それよりも、貴方のここを飾るものを見に行きたい」
「えええっ!?」
「気が早くてもいいでしょう?贈るのは今日ではないかもしれないけれど、
 貴方の指に似合うものや、貴方の好みを知っておきたい。
 ああ、サイズがわからないと贈れない。やっぱり見に行きましょう」
「これから……ですか?」
「はい」

 有無を言わせぬ強引さに逆らう気力を無くした花梨は照れの極致で、
 満面の笑みを浮かべた幸鷹は手を引いて、売り場を後にした。

「ううう……、幸鷹さんのペースだなぁ」
「すみません」

 くすり、と幸鷹は笑う。
 耳まで真っ赤になり俯いてしまった自分の愛おしい彼女に告げた。

「でもまず、どこかでいったん休憩しましょう?
 クールダウンにパフェなど如何ですか?」
「パフェ?」
「そろそろマンゴーのパフェの時期ですし、花梨は嫌いですか?」

 目を輝かせた花梨を見て、嫌いな筈はないのに幸鷹は念を押すように尋ねた。
 パフェで喜んでしまう自分はまだ子供だなあと花梨は少し落ち込む。
 でも今幸せなのが大事で。久々に会えた折角の貴重なデートは楽しまなければ罰が当たってしまう。
 花梨は幸鷹のペースにうまくついていけなくて、振り回されることも多い。
 でも幸鷹は自分のことを考えていてくれている。自分とは違った心の深さで。
 それは本当なのだから、信じて一緒に行けばいい。
 さあ深呼吸して、笑顔で行こう。

「嫌いなはず、無いですよ!」

 満面の笑みを浮かべた花梨に、幸鷹も笑みを返して歩き出した。







背景画像:【空に咲く花】

幸鷹さんの「私に十年も一人暮らしをさせる気ですか?」が書きたくて書きました。
幸鷹さんは別に独りが厭、とそういう自立できない子供とは違います。
ただ、花梨欠乏症なんです。(笑)
子供より、大人のほうがひとりを自覚できている分寂しがりやなのかなあと思ってみたり。
【090630】【091016改稿】