叶結び






 御簾を上げれば外は雪。
 掲げ上げた御簾越しの冷たい空気に目を細め、貴方は振り返り、
 火桶にかじりつくわたしを見て微笑んだ。

「貴方とこうして過ごせる日がくるまでに、
 思いのほか時間がかかってしまいましたね」
「でも、今までのお正月もわたしは嫌いではありませんでしたよ?」
「……貴方には負担が大きかったのではないですか?
 私は正月と言えば邸にいることもほぼなく、貴方に宴の支度をまかせきり」
「一年に一度の大仕事でしたが、今思えば楽しかったような気がします」

 そうだとよいのですがと微笑む幸鷹さんの笑顔に一瞬の寂しさが過ぎる。
 勤めを果たし終えた満足感と、そして終えてしまったことの寂しさ。
 参内を義務付けられることの無い身分は、
 お勤めを果たすことに全力を傾けてきた幸鷹さんにとっては
 あまり嬉しくないものなのかもしれない。
 でも、これからまた新しい何かを見つけていって欲しい。
 幸鷹さんはそういう生き方が似合う人だから。

「でもこうして毎年祝ってもらえるのは嬉しいですよ」
「はい」

 朝餉の支度が出来たのか、湯気の立つ膳が運ばれてくる。
 冷めないうちに頂きましょうと目をあわせ、二人で向かい合う様に膳を囲んだ。
 貴方の誕生日にいただく小豆色の粥はすっかり習慣になり、
 最近はその後皆でついてくれた餅を集まって食べるのが慣わしになっていた。
 最初の頃はどうしてこの日にそうして祝うのか、
 理解してくれなかった家の人たちも今は普通に習慣として受け入れてくれている。
 今日は幸鷹さんがこの世に生を受けた日。
 そして今年もまた一緒にいてくれると約束をくれる日。
 また来年も、微笑む貴方の顔を見たい。
 わたしは貴方に香袋を渡す。
 ささやかな祝いの品だけれど、貴方にこの願いが伝わるだろうか。
 参内する貴方の衣に香を焚き染める日々は終わったけれど、
 貴方の好きな淡萌黄に、貴方の愛用の香を入れ、
 貴方とわたしの願いが叶いますようにと願いをこめて紐を結んだ。

「白たへのわが紐の緒の絶えぬ間に 恋結びせん逢わん日までに
 ……ですか。
 貴方と私は離れることは無い。
 この二重に重なる紐のように硬く結ばれ、解けることはないのですから」

 貴方に想いが伝わって良かった。
 貴方は香袋に軽く唇を寄せると、丁寧な手付きで懐にしまい、
 ありがとう、と微笑んだ。

「この邸ももう訪れる人も少なくなるでしょう」
「……そうですね」
「もうこの広さは今の私たちには必要ありませんね。
 ……また、あの邸に帰りましょうか。
 あの桜を再び二人で眺めましょう」
「はい」

 貴方がわたしと毎年眺めたいと言ってくれたあの桜のある邸でもう一度。
 二人きりを始めましょう。
 そう微笑みあうと、女房が人の訪れを知らせに走ってきた。











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