ふたりの時間






 遙かなる時空の向こう側で出会った二人が、現代へ帰って来たのは去年の秋。
 秋の終わりから、冬、春と季節を経て今は梅雨。もうすぐ一度目の夏が来る。
 二人で悩んで、きちんと結論を出したつもりだった。でも色々思うことはある。
 向こうに残った方がよかったのか、それとも、
 お互い別の道を選ぶべきだったのか、とか。
 でも二人は手を離すことは出来なかった。
 だからひとつひとつ解決していこう、そう決めた。しかしそれは意外と難しい。
 話したいこともあるのに、すれ違ってばかり。
 花梨は高校生で、幸鷹は社会人。
 わかっていてもなかなか会えないのはやっぱりお互い堪えていた。
 ……なかなかうまくいかない。
 花梨がそういう『おつきあい』をするのが初めてで、
 幸鷹がいまいちその方面に今まで興味がなかったせいもあるのだけれど、 
 色々と難しい。

 ふああと伸びをして幸鷹は花梨を見た。
 今日は久しぶりに会えた日曜日。
 幸鷹は忙しい。
 花梨は今日はのんびりしてほしい、そう願って
 幸鷹の家に近い大きな公園での待ち合わせを決めた。
 映画を見たり、ショッピングをするのもいいけれど、人混みを避けて、
 散歩でもしてのんびりしたらどうだろうか?そう考えたのだが……。

「雨、降っちゃいましたね」
「残念ですか?」
「やっぱり晴れた日のほうが気持ちいいですもん」
「まあ、そうかもしれませんが、紫陽花が綺麗ですよ」
「確かに綺麗〜」

 にっこりと笑う幸鷹につられて花梨も笑った。
 確かに雨の中、紫陽花の蒼が冴え冴えとしている。
 しずくに濡れた葉っぱも生き生きとして美しい。
 雨だからこその美しさを暫く二人は堪能する。

「……花梨は、もうすぐ夏休みですか?」
「はい、期末試験が終わったら、試験休みがあって……、
 終業式が終わったらお休みです」
「何か予定はありますか?」
「今のところは。でも少し講習に通えと親には言われてます。
 幸鷹さんは?」
「私はあまり変わりません。
 学生たちは夏休みに入りますけれどね。
 ……夏休み。いい響きですね」

 幸鷹が少し遠い目をした。
 二人は視界に入った東屋を目指し、歩く。

「私にも夏休みがあれば、貴方と一緒に過ごせる時間が増えるのに。
 自分も同じ学生だったら、と思うときがありますよ」
「幸鷹さんが、ですか?」
「ええ、高校生は無理ですが、一緒に受験して大学生になってしまおうかな、とか」
「受験するんですか。また?」

  勉強があまり好きではない花梨はびっくりして幸鷹を凝視する。
 幸鷹はいたずらっぽく目配せをした。

「最近法律にも興味がわいてきまして。
 少しずつ勉強しているんですよ。そういうのも面白いかな、と」
「……幸鷹さんは勉強が好きなんですね」
「知らないものを知っていく楽しみはあると思うのですが」
「それはわかりますけど、学校の勉強はまた別です〜。
 テストなんて無ければ良いとわたしは思うのに〜」
「まあ、これは勿論冗談ですけどね。
 ただそうすれば貴方と一緒の時間を過ごせるなあと漠然と考えることはあった。
 ……ということです」
「はあ」

 幸鷹は理解できない、という顔花梨に苦笑いして、

「私はあまり夏休みというものの楽しみを享受して来なかったから、勿体無かったなと
 思うんですよ。今更ですけどね」

  東屋に入り、傘を閉じてベンチに座る。
 幸鷹は隣を勧めたけれど、花梨は向かい合って話がしたくて反対側に腰をおろした。
 幸鷹の目をじっと見て、花梨は話の続きを促す。

「今思うと何をやっていたのだろうか、と思うことがあります。
 確かに飛び級をして、大学院まで行っていたからこそ、今困らずにこうしていられますが、
 ……それは少し寂しいことだったのではないか、と思うのですよ。
 子供らしく遊ぶこともせず、勉強ばかりしていた本当に世間知らずの子供でした。
 あちらに飛ばされたことで社会性や社交性は身につきましたが……、
 成人としての扱いをされたので、
 花梨、貴方のようにのびのびと学生生活を楽しんだ時期などなかったように思うのです」
「やり直したい、ですか」
「出来ることなら」
「……わたしと千歳のせいですよね。
 龍神様に呼ばれたから、幸鷹さんの子供時代が消えちゃった」
「そのせいではありません」
「でも十五歳からの幸鷹さんの可能性を奪ったのはわたしたち、だよ」
「そういうつもりは無かったのですが。
 ……花梨、私はあちらに呼ばれたことを後悔してはいません。
 むしろあちらで育てて貰わなければ我の強い子供のままだったでしょう?
 貴方にも出会えなかった。
 だからそれを悔やんでいるわけではないのです」
「でも」

 潤んだ目でじっと見つめる花梨の頬を、幸鷹は両手で包んで目を合わせる。
 寂しそうな瞳をして、幸鷹は花梨を見つめた。
 そんな困ったわたしの顔を見て、幸鷹さんが少し笑った。

「出来ることなら貴方と同年代の学生として、学生生活を満喫してみたい。
 そういう気持ちは、ありますよ」
「一緒に学校に通いたいってことですか?」
「通ってみたいですよ、花梨、貴方と一緒に。
 私は確かに勉学には励んできた。
 でも、何か大切なものを味わったり、学んでこなかったように思えてならないのです。
 貴方と同じ何かを共有してみたかった。大切な何か。
 季節の行事に参加したり、友達と遊んだり……、のんびりと放課後に話をしたり」

 涙目で花梨は幸鷹をみつめている。
 そんなつもりはないのですよ、と幸鷹は花梨の手を取った。

「もし貴方と私が同じ歳で、同じ高校に通っていたら、
 もっと自然に付き合うことが出来たかもしれない。
 貴方と同じ年頃の制服を来たカップルを見て少し羨ましくなることがあるのです」
「!!
 幸鷹さんが、ですか?」
「はい」

 幸鷹は照れくさそうに笑う。
 花梨は思わずまじまじと見つめてしまった。

「あまりにも自然に、
『おはよう』と『また明日』と言うので」
「……?それが羨ましいんですか?」
「つまり、……毎日学校で会うことが普通だということがです。
 一緒に学校のことを話したり、友達の話をしたり、試験勉強をしたり、
 部活をしたり……夏休み一緒に遊んだり。
 花梨にとっては当たり前のことかもしれませんが、
 私は少し、羨ましい」
「幸鷹さんと、いっしょに、ですか」
「嫌、ですか?」
「……想像できないです。
 でも幸鷹さんと毎日会えたらいいですね」
「貴方と毎日一緒の時間を過ごして、一緒の思い出を残して。
 そういうことに少し、憧れます。
 まあ本当に15歳の頃の私が今の花梨と出会ったら……。
 あまりの我の強さに嫌われてしまったかもしれませんね」

 花梨はあまりの言い様に目を丸くして反論した。

「天才少年な幸鷹さんにわたしが馬鹿にされて、
 相手にされなかったかもしれませんよ!?」

 幸鷹は花梨の勢いについ苦笑して、

「まあ、無いものねだりなんでしょう。
 花梨を見ているとそういう自分に足りないものが見えてくるんですよ」
「わたしだって、全然幸鷹さんに追いつけないです!!
 でもいつか、幸鷹さんにふさわしい大人になるから!!
 ……待ってて下さいね」

 照れて下を向いた花梨に幸鷹が破顔する。

「貴方は今のままで充分魅力的ですよ?
 でも、花梨。貴方とこれから色々楽しんでいきたいんです。
 今まで出来なかったことや、今の貴方としか出来ないことをね」
「幸鷹さん……。
 今年の夏はいっぱい遊びましょうね!!
「来年は花梨は受験ですからね」
「ああ!!言わないで!!」
「私も一緒に勉強しますか?」
「まだ大学受けるとか考えてるんですか?」
「……違いますよ。
 貴方の勉強を見てあげるのも楽しいかな、と思ったんです」
「幸鷹さんが家庭教師!!贅沢すぎますね。
 そうなったら頑張るしかないです〜」

 苦手な勉強の話がこれ以上続いたらかなわない。
 花梨は強引に立ち上がる。

「……あ、雨あがりましたよ?あっちに行ってみましょう?
 教会が確か、あるんです!」

 勢い良く花梨が駆け出す。
 幸鷹も立ち上がり、花梨を追った。
 いつしか雨が上がり、陽がさしていた。
 幸鷹は腕時計を見ると、針は天辺を指している。
 梅雨の貴重な晴れ間に鐘が鳴り響いた。
 丁度式が終わったのだろうか。

「あっ、二人が出てきますよ!
 ちょうど晴れて良かった〜!!」
「ジューンブライドとは言いますが、日本の六月は雨ですからね」
「折角の結婚式なのに雨だったら悲しいですよ!
 でも本当に良かった。うわ〜花嫁さん綺麗〜!」
「花梨はこういうのは憧れですか?」
「ま、まあ……そうですね」

 はにかんで笑う花梨を幸鷹は愛おしいと思う。
 幸鷹は花梨の薬指に指を絡めて微笑んだ。

「今は二人は違う環境で、時間がどうしてもずれてしまうけれど、
 ……いつか、二人で一緒に歩いて行ける日が来るのが。
 待ち遠しいですよ。一緒に来て下さいますよね、私の神子殿」

 はい、と小さく呟いた花梨のひたいに幸鷹はひたいをコツンとあわせ、
 そのままゆっくり抱きしめた。







背景画像:【空色地図】

甘いですね。
『大学受けて花梨と同級生になってみたい』という幸鷹さんを
書いてみたくて書き始めた記憶があります。
幸鷹さんが子供らしかった頃ってきっと短くて、
それをなんとなく残念に思っていて……花梨と過ごすことで、
それが健やかな形で昇華できたらいいなあと思いました。(←?)【090708】