ハネムーン






 京の夜は更けるのが早い。
 電灯の無い京の夜の闇は深い。
 幸鷹の朝が早いせいもあるのだが。花梨はまぶたが重くなってきた。
 うつらうつらしはじめた可愛い妻のあどけなさの残る横顔を見つめ、
 幸鷹は寝返りをうつ。

「幸鷹さんて英語話せるんですよね」
「まあ困らない程度には。だいぶ忘れているかもしれませんが。
 ……話せば思い出すと思いますよ」
「じゃあ海外旅行とか平気なんですね」
「まあ、英語が通じれば」
「いいなあ。わたしは全然ダメです。英語」
「生活すれば話せるようになりますよ」
「そういうものですか」
「そういうものです」

 じゃあ、少し英語で話してみて?と花梨がリクエストしたら、
 幸鷹は耳元で熱烈な愛の言葉を囁いてくれた。
 恥ずかしさに花梨は上掛けをかぶる。

「リクエストしたのは花梨ですよ」
「そういうのじゃなくて!!恥ずかしいです……」

 上掛けに潜り込んで自分に背中を向けた花梨の、
 真っ赤になってしまった耳朶を軽くかむと、花梨は飛び上がった。

「幸鷹さん!」
「昔話とか、マザーグースの方が良かったですか?」
「どういうのですか?」
「まあ、例えば、
 London Bridge is falling down,
 Falling down, falling down,
 London Bridge is falling down,
 My fair lady. 」

 マイフェアレディのところでぽすっと花梨を抱きかかえる。
 観念したように花梨は幸鷹に向き直ったので、満足げに幸鷹は花梨の額にキスを落とす。

「ロンドン橋ですね。ロンドン橋おちる〜♪」
「そういえば、歌もありましたね」
「幸鷹さんの英語少し、わたしが習っていたのと発音が違うかも」
「ああ、私の英語の発音は少し英国寄りかもしれませんね。
 アメリカ英語の発音になれた耳だと少しくどく、理屈っぽく聞こえるかもしれません」
「そんな違いがわかるほど、わたし英語できません!」
「きっといつか綺麗な英語を話せるようになったと思いますよ」
「……」
「……まあここでは二人だけの暗号くらいにしか使えませんが」

 いたずらっぽく幸鷹は笑う。

「もし、新婚旅行にいくなら幸鷹さんならどこに行きますか?」
「現代、ならですか?」
「現代でも、今でもいいです」
「……そうですね。
 新婚旅行。あちらにいたら何処へいくのも自由ですからね。
 こちらでは、海外はまあ、……無理ですから。現実問題熊野詣か伊勢参りか……」
「伊予とか行ってみたいな」

 折角濁したのに某海賊の生息地の名前が花梨の口から出てしまい、幸鷹の顔が歪む。
 花梨がしまったと思った時には、幸鷹の機嫌は急降下。

「まあ伊予はいきませんが」
「昔幸鷹さんの行った場所だから行ってみたかったのにな」
「行きませんよ」

 ぷいと横を向いてしまった幸鷹に花梨は苦笑いする。

「じゃあ、海外ならどこへ行きたかったですか?」
「そうですね。
 花梨となら何処へでも。貴方と行けばどこも楽しいと思いますしね」
「幸鷹さんならなんとなくヨーロッパが似合いそう」
「そうですか?
 新婚旅行……どこかいいでしょうね」
「イギリス、フランス、イタリア、スペイン、ドイツ、ベルギー」
「デンマーク、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー」

 二人だけ知る世界地図で二人だけの旅に出る。
 思いつく限りの国名や地名、名所などを挙げて、あちらの世界に思いを馳せる。
 帰りたい?帰りたくない?
 帰ればよかった?帰らなくてもよかった?
 その答えはまだ出ない。
 でも二人が一緒の場所こそが、二人の生きる場所だから。
 生きていく、二人で。そう決めたのだから。

「わたしも英語話せるようになりたいな」
「私も英語を……忘れたくありません」
「わたし、いい生徒にはなれないかもしれないけど」
「……ありがとう、花梨」

 花梨のまぶたがとろんと落ちる。もう限界に近いのだろう。
 幸鷹がまぶたに口付けを落とすと、ことん、と花梨が眠りに落ちた。
 むにゃむにゃと何か言っているので耳を寄せると

「今日は眠いから、明日からね、幸鷹さん……」

 ええ、花梨。また、明日。
 幸鷹は上掛けをきちんとかけ直して、花梨の横顔を眺め、
 後ろ抱きにして眠りに落ちた。
 実際に旅立つことは出来なくても、夢でいけたらいいですね。
 貴方と甘いハネムーン。







背景画像:【空色地図】

リハビリもかねて。初京EDのくせに京EDっぽくないですね。
京EDでは新婚さんバージョン。現代EDでは初々しいカップルという感じで書き分けできたらと思います。
どっちを選んでも後悔はしないけれど、思いは残ると思います。幸せになってほしい二人です。【090826】