ハッピーハロウィン2009






「自分が覚えている限りこんなにハロウィーンは流行していなかったと思うのですが」
 
 街並みを見つつ、若干呆然とした顔をした幸鷹に花梨は笑う。
 
「そうですね、こんなふうに飾りつけ?とかグッズとかたくさん出てきたの
 最近だと思うんです」
「……まあ、日本人はお祭りが好きですからね」
「楽しいことが好きなのはいいことですよ」
 
 こうやって街並みを二人で歩けるなら。
 黄色いかぼちゃに、くるくるキャンディ、蝙蝠、骸骨、魔女に黒猫?
 もうなんだかよくわからない。
 でも別に何だっていい。
 こうして二人でめちゃくちゃだと笑いあえるならそれでいいのだから。

「でも仮装して街をねり歩いたりはいないのでしょう?」
「そうですね。幸鷹さんって仮装したりしたんですか?」
「多分。あんまり覚えていませんが」
「いいなあ。わたしも仮装したいなー」
「花梨がですか?」
「……おかしいですか?」

 いいえちっとも。
 幸鷹はごく普通に言った後、はたと思いついたように。

「ああ、花梨は魔女の仮装とか似合うでしょうね。きっと可愛い」
「そうですか?幸鷹さんなら何が似合うかな。吸血鬼かな」
「ヴァンパイア、ですか」
「幸鷹さんならきっとマントとか似合うと思うんです」

 何の思惑もなく屈託無く笑う花梨に幸鷹は少しの意地悪を思いつく。
 耳元に寄せて囁いた。

「貴方の首筋はとても綺麗で、おいしそうですね」

 花梨はみるみる耳まで赤くなっていく。
 ハロウィン当日はどんな風に楽しもうか。
 花梨の家までお菓子を貰いにいたずらしにいくのもいいかもしれない。
 ご家族に迷惑のかからないように花梨に内緒で連絡をいれておこう。
 きっと母親は面白がって了承してくれるに違いない。
 そうすると仮装は自分がすることになるのか。
 ……そのへんはあまり考えないことにしよう。
 不思議そうに見つめる花梨に幸鷹はにっこりと笑い、デートの続きを楽しむことにした。

 先日のデートの後で、幸鷹は花梨の家に連絡を入れた。
 電話に出た母親は、少し驚きつつも最後は笑って了承してくれた。
 もし花梨が何か誘われたらその時は教えてくれるとまで言ってくれた。
 ……協力的過ぎて少し恐ろしい。
 何を期待されているんだろうか。幸鷹は苦笑いする。
 ……一応ケーキくらいは手土産にしようとは思っていたけれど。
 とりあえず、これで根回しは完了。

  「Trick or treat!
 ……何で花梨を驚かせましょうか」

 悪戯なんて。
 何年ぶりだろう。そんなことを考えるのは。
 意識して誰かに悪戯をするなんて、もしかしたら初めてかもしれない。
 兄や姉にはからかわれてきたけれど。
 真面目すぎる自分は格好の獲物だったことを思い出し、幸鷹は渋い顔をする。
 うーん。
 仮装をするのはやっぱり少し、恥ずかしい。
 その場にいる人間が全員やっていればいいけれど、自分ひとりだなんて。
 しかも花梨の家に行く前に仮装をするなんて……想像しただけで恐ろしい。
 でも、悪戯をしないと『甘いお菓子』はもらえない。
 『甘いお菓子』は何を貰おう。
 ……花梨に何の『甘いご褒美』を貰おう。
 『甘いお菓子』は子供用。
 ご褒美は甘ければなんだってよいのでしょう?
 貴方はどんな『甘いご褒美』をくれるのだろうか。
 こんなことを考えている自分におかしくなるけれど嫌ではない。
 貴方と過ごす日々はとても幸せだから。
 貴方の笑顔を見るためなら何だってしよう。
 ……けれど仮装は少し難しいと幸鷹は苦笑いした。
    
 
 
 そしてハロウィン当日。
 いきなりの訪問に花梨はひどくうろたえていた。
 実は、幸鷹はまだ花梨の部屋に入ったことがない。
 一度お付き合いさせていただいています、と挨拶に来たときも、
 絶対ダメと花梨に部屋に入れてもらえなかった。
 花梨が普段どんな部屋で過ごしているか、花梨がどんなものを好むのか、
 幸鷹は知りたいとは思っていたけれど、花梨は恥ずかしいから駄目の一点張り。
 何が恥ずかしいんだろうか。
 恥ずかしがられることでどんどん興味が湧いて来るというのに花梨のガードは酷く固い。
 嫌がるようなことはしたくないから。
 幸鷹は花梨が入れてくれる日をじっと待っていた。
 けれどこんなことになるなんて。
 現在頑固に篭城する花梨に幸鷹は当惑しノックを繰り返す。
 
「……花梨、ここを開けて貰えませんか?」
「だめです」
「花梨」
「だ〜め」

 鍵のかかった扉は開きそうで開かない。
 ぐっと押してしまえば開いてしまいそうな気がするけれど。
 扉の向こう側の花梨は憔悴しきったような声を出すので、幸鷹はぐっと堪えて中の気配を伺う。
 悪いことをしてしまったかな。
 ただ貴方と楽しく過ごせたらと思っていたのですが。
 内緒で、いきなりはまずかっただろうか。
 訪問した時、玄関で思わせぶりに笑った花梨の母親が

「幸鷹くんとお部屋でお茶飲みなさいよ!」

 と言ったのが全ての発端だった。
 花梨は凄い勢いで階段を駆け上がり、篭城し今に至る。
 時間にして20分。
 部屋の中からは物音がして、花梨が半泣きで部屋を片付けているのを感じた。
 後ろから階段を上がってきた母親が

「だから掃除しときなさいよーってさりげなくいってあげたのに。
 悪いわね、幸鷹くん。でもたまに来客があるくらいの方が部屋を綺麗にする気になるものね」
「……いいえ」
「まあ幸鷹くんにあんたが隠したいのは中間テストの結果でしょ」

 母親が扉から声をかけると、
 ぴた。と、中の物音がとまり、花梨の泣き声が聞こえた。
 ああ、そういうことですか。幸鷹は納得し苦笑いする。
 幸鷹と花梨がデートをしたのは、中間テストの一週間前。
 テストがあるから暫く会えないと言っていたから。
 ……結果はどうだったのだろう。
 教えられることがあれば教えますよと言うと、花梨は複雑そうな顔をする。
 デートの時は勉強のことを忘れさせてください。
 涙目で訴えられたときには思わず笑ってしまったけれど。

「幸鷹くんあんまり待たせちゃだめよー。もう諦めなさい」

 そう一声かけると母親は笑って1階へ降りていった。
 おずおずと扉を開け、花梨が幸鷹をじっと見る。

「幸鷹さん、テストの結果知りたいですか?」

 上目遣いで扉の影から覗く花梨は勿論可愛い。
 幸鷹は苦笑いして、貴方がいいたくないのなら聞きませんよ、とだけ言った。

「……、じゃ、どうぞ」

 花梨はドアを開け、幸鷹を招き入れると、自分は一階へお茶をとりに行った。
 幸鷹はおじゃまします、と声をかけて中に入る。
 華美ではないけれど、暖色系のファブリックと白木の家具でまとめられたそこは、
 幸鷹にとっては不思議に落ち着く空間だった。そこここに花梨の気配がするからだろうか。
 さっぱりしたものを好む花梨の部屋だけあって、
 ごちゃごちゃとしたものはあまりないのかと……思いきや。
 クローゼットに押し込まれたくまの足が見えた。
 別にくまの人形くらいで貴方を子ども扱いなどしないのに。
 押し込まれたことが不当な扱いであると講義するように足をはみ出したくまをそっと取り出す。
 子供からの花梨の友達なのかもしれない。
 その大きなくまからは年季を感じた。
 ポスっとベッドにおいてやる。
 なんとなくそこが定位置なような気がして。
 満足げにみやるくまを見て、幸鷹は自分が今日何の為に訪れたのかを思い出した。
 ごそごそと包みを取り出しそれを見る。
 花梨はびっくりしてくれるだろうか。
 こっそりとそれをはめて花梨を待つ。

「幸鷹さんお待たせしましたー。あれ?」

 ちょっと隠れてもらうつもりだったくまがどうしてそこにいるんだろう?
 お茶をローテーブルに置くと、くまをぽすっと抱いてみる。

「こんなの子供っぽいですか?」
「貴方の大事な友人なのでしょう?
 別におかしくないと思います。蔑ろにするわけにはいかないでしょう?
 だって、きっと私よりもずっと前から貴方の傍にいて貴方の帰りを待っていたのでしょうから」

 えへへ。
 とほっとしたように笑う花梨を見て、幸鷹は花梨は家だとこんなのびのびした顔をするんだなと思った。
 外で会う花梨は少し緊張している。
 それもいいけれど、この顔もいい。
 いつか自分の部屋を持てて、そこへ彼女を招けるようになったら。
 こんな顔をしていてくれたらいいな、と思った。
 花梨はくまを撫でるとベッドに置き、幸鷹の前に座る。
 ティーポットから紅茶を注げばほわっと白い湯気が立った。
 花梨は幸鷹が買ってきた話題のお店のパンプキンタルトをまじまじと見つめ、

「ここのってなかなか買えないってお母さんが言ってましたが」
「大学から近いですから。そんなに大変と言うわけでもなかったですよ」

 花梨より、母親のほうが大喜びしていたな、と幸鷹が思い出し笑いすると、
 花梨が怪訝そうな顔で幸鷹を見た。

「あれ?幸鷹さん八重歯なんてありましたっけ?」
「いいえ?」
「あれ?」
「今日は何の日でしょうか」
「ハロウィンですよね」
「Trick or Treat!」

 ニヤリと笑った幸鷹を花梨は唖然とした顔で見つめ、見つめてしまったゆえに反応が遅れ、
 気がつけば両腕を押さえられ、ベッド脇まで追い詰められ。
 あ〜ん、と口を開けた幸鷹が花梨の首筋を検分する。

「やっぱり貴方の首筋はおいしそうですね」
「えええ?」

 間抜けな声をあげた花梨に可笑しくなり、幸鷹は笑って冗談ですよ、と手を離した。
 花梨は耳までまっかになり、涙目で幸鷹に抗議する。

「幸鷹さんってば」
「何ですか?
 おかしをくれなきゃ、いたずらするぞってちゃんと言いましたよ。
 さあ花梨、貴方は私に何をくださるのですか?」
「いきなり無理です」
「いいんですよ。甘いものなら、お菓子じゃなくても」

 例えば、と花梨の唇をそっと撫でる。
 ビクっとした花梨が可愛くて。幸鷹はちゅっと音を立てて花梨に軽くキスをした。

「もう!幸鷹さんってば!」
「……折角のお茶が冷めてしまいますから、頂きましょう?」

 それ以上はしませんよ?軽くウインクして花梨の警戒を解こうとするけれど
 花梨は怒って幸鷹を睨む。
 幸鷹はケーキを食べるのに邪魔だな、と牙を外した。
 花梨はそれに興味を持ったのか。
 よく出来てますね、とじっと眺めている。
 はめてみますか?と言うと照れて貴方は笑った。
 牙をもった貴方もきっと魅力的だろう。そんな貴方になら血を吸われてもいいなと言ったら。
 花梨は照れてそっぽを向いてしまった。

「そんなに怒らせるつもりはなかったのですが」
「幸鷹さんはずるい」
「……そうですか?」
「そんな牙まで似合うんだもん。ずるいよ」

 また来年もやりましょうか、と言ったら。
 花梨はうつむいていたけれど、はいと言ってくれた。
 来年貴方に魔女の帽子を贈ろうかな。きっと貴方はあのとんがり帽子が似合うだろう。
 もっともそんな可愛い貴方を見たら私のその後は責任は持てないのだけれど。
 ふふふと笑ったら、花梨がまだ幸鷹さん変なこと考えてるんでしょう?と
 疑わしい目で見てきたので。
 幸鷹は笑ってパンプキンタルトにフォークを入れた。







背景画像:【素材通り】
ハロウィンに間に合いませんでしたが、まあこんな感じで。
勿論ケーキを食べた後、花梨は幸鷹さんに中間テストの結果を報告させられたと思います。(鬼)
イメージとしては帰ってきた秋の話です。【091101】
お気に召していただけたらぽちっとして頂けると幸いです