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「王、こちらにおいででしたか」
「道臣さん」
ここはかつての忍人さんの居室。
毎日きちんと空気を入れ替えているのに、貴方の気配はまだここにあった。
でも、きっと薄れてしまうんだろう。
その方がきっといい。
思い出に縛られるよりも忍人さんは自由であることを望むだろう。
次の春でもう一年になる。
このままにして欲しいと言ったわたしの希望を狭井の君は叶えてくれた。
執務の合間にここに来て、一時だけ思い出の中の貴方に問う。
貴方が今ここにいてくれたら、わたしにどういう王の姿を望むのだろうか。
貴方が今目の前にいたらわたしは弱音を漏らすことはできたんだろうか。
貴方は黙って受け止めてくれるような気がするけれど、きっとわたしらしくないと言うだろう。
だからここで涙をこぼしたことは一度もない。
ここはわたしが王の形を思い出す為の場所だから。
問いかけても、勿論貴方からのこたえはないけれど、少し冷静になれた。
貴方の真っ直ぐだった眼差しに、迷いのない切っ先に。
わたしの迷いを断ち切って欲しくて、ここを訪れる。
でも。
「道臣さん」
「何でしょう」
「忍人さんの喪が明ける頃にはここを綺麗にしましょう」
「王の仰せであれば、そういたしましょう」
生太刀となった破魂刀は、主の後を追うように天へのぼった。
いまこの部屋に立てかけてある剣は、忍人さんが練習用に使っていたもの。
岩長姫の下で学んでいた頃のものだった。
忍人さんの葬儀の後、沈み込んでいた私に岩長姫はくれた。
鍛錬用のその剣は、刃を潰され輝きも鈍く護身用には向かなかったけれど、
この剣は護国の剣として、傍においておこうと思う。
「忍人さんが生まれたのは今の時期くらいでしたね」
「冬至」
「……え?」
「忍人が生まれたのは日がもっとも短くなる頃だそうです。
けれど、なんだか似合う気がしますね」
「……どうして?」
「夜の闇が一番濃い時期でもありますが、
これからまた日が長くなっていくのです。
まるで闇の中から再び希望が生まれていくようではありませんか」
「……そうですね」
『君の為に生きてみたい』
不意に忍人さんの声が蘇る。
あの日に見た満天の星空を、流れ星を一生忘れないだろう。
忍人さんはの輝きは確かに太陽のような強さはなかったけれど、あの日の星のように、
同じ場所でずっと輝き続けることで、皆を導いてくれた。
闇の中で、希望という光を消さないように足掻いてくれた。
王が光で、闇の中から生まれたものなら。
王であるわたしを生んだのは、貴方だ。
冬至に太陽が一度死に、また新しく生まれるのなら。
わたしも貴方が生まれたこの時期に生まれ変わろう。
貴方が生まれてきてくれたことがどれだけ嬉しかったか、
今貴方に伝えることができないけれど、感謝することはやめないでいよう。
『君の為に生きてみたい』
その言葉を貴方から貰えてどれだけ嬉しかったか。
わたしも貴方の為に生きる。
そう言葉にしたらあの時、貴方はどんな貌をしただろう。
貴方を失って悲しみに暮れて、もう立ち上がれないと思ったけれど、
貴方の命はわたしの中にあるのだと、あの言葉で思い出した。
貴方は約束を必ず守る人だ。
だからきっとまたもう一度会えるだろう。
そして約束の桜を今度こそ、二人で。
再び出会うときに、わたしは貴方の誇れる王であったことを報告したい。
わたしは剣の柄をそっと撫でると、その部屋を後にした。