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 千尋がせっかくだからクリスマスパーティをしたい、と
 風早に打ち明けたのは常世との戦が終わって暫くした頃だった。
 大勢を招いて宴を催したいのですか、と狭井の君が問えば、
 天の鳥船でごく親しい人たちとこじんまりとした会を催したいと
 千尋は答えたので難色を示した。
 戦火は確かに仲間たちとだけで潜り抜けたわけでもない。
 今現在中つ国再建のために再び集まった豪族たちも力を貸している。
 その豪族を招かぬ宴など、反感を抱かれてもしかたがない。
 それが狭井の君の言い分だった。
 風早には千尋の言い分も、狭井の君の言い分も理解できる。
 けれどまだ女王にもなっていない千尋の、最後の自由に過ごせるかもしれない一時を、
 立場に縛らせるのもいかがなものか。
 戦を制した千尋への褒美もあってしかるべきではないのか。
 道臣を巻き込み、道理を説かせ、
 アシュヴィンとの常世の友好の為にもごく内輪の宴は友好と説かせ、
 なんとか狭井の君の許可を取り付けることに成功した。
 正確には狭井の君の周りの者たちを黙らせることに成功したと言うべきか。
 狭井の君も理解がないわけでもない。
 けれど狭井の君は感情で動くことは許されないのだ。
 彼女がそうすれば他の臣下もそうすることになる。
 だから彼女は公平であることを身をもって示さなければならないのだ。

「面倒くさいね色々と」

 そう一言ぼやいて切り捨てた那岐に風早は苦笑いする。

「でもそういう根回しとか、相手を丸め込むのとか得意なんだろ、風早」
「何だか言い方に棘がある気がしますよ、那岐」
「いつの間にかにあんたの望むとおりにさせられたことが数限りなくあるからさ。
 実績ベースだろ」
「ははは、酷いですね、那岐」
「堪えてもいないくせにわざとらしいったらないね。
 どうせ小言を言って見せても全部千尋の為なら実現させるんだろ」
「……ほめ言葉と受け取っておきますよ」

 にこにこしながら風早は、会場の準備を進めていく。
 飾り付けをしながら那岐は小さなころのことを思い出した。
 それほど裕福ではなかったけれど、暖かな暮らし……だった……のか?
 クリスマスは小さいけれどホールケーキでお祝いしたことを覚えている。
 いつもいちごののった白いショートケーキで。
 那岐はいつか、チョコレートのブッシュ・ド・ノエルを食べてみたかった。
 ひとつ思い出せば、連鎖反応で細かいことも思い出していき、
 那岐はあっ、と声を上げた。

「そういえばさ、思い出したんだけど」
「怖い顔して、何ですか?」
「……風早って一度も僕の好きなケーキ買ってくれなかったな」
「突然なんです」
「クリスマスケーキ!
 いっつも千尋の好きないちごショートで。
 僕のねだったチョコレートケーキにしてくれなかっただろ!
 じゃんけんで千尋に買ったらチョコレートにするって言って、
 一回確か勝ったのに。千尋が泣いたせいでまたショートケーキになって」
「そんなことありましたっけ?」
「……本当は覚えているくせにあんたはそういう時ばっかりしらばっくれるんだからな」
「まあ……うちは貧乏でしたからね。
 裕福とは言えませんでしたから、贅沢は出来なかったと
 そういう風に思ってて貰えれば」
「風早!」

 そういえば、風早は25歳だった。
 教師になって三年目。
 あちらですごした数年間。どうやって暮らしていたのだろう。
 何も考えてはいなかったけれど、親類だっていないのに。

「あのさ」
「……何ですか?」
「野暮なこときいてもいい?」
「答えられることなら何でも」
「……はぁ、またそういう言い方をしてさ」
「答えられないことには答えられませんからね」
「まあいいけど……僕たちってあっちでどうやって暮らしてたの。
 戸籍とか、お金とかさ。
 今思うと不思議なんだけど」
「そんなことを尋ねるなんて鬼道使いの君らしくもありませんね」
「……えっ、ちょっと待ってそういうことなの?」
「非合法や非人道的なことは何も。
 それにあちらの世界に飛ばした張本人に責任を取ってもらうのは
 当たり前ではないですか?」
「どういうこと?」
「だから言ったでしょう。答えられないこともあると。
 知らなくていいことは知らないほうが幸せですよ。
 きっと本当のことを知ったら君は怒るでしょうから」

 怒るようなことなのか!
 そう怒鳴った那岐に答えられることは答えましたよとにこやかに風早は笑うと、
 ぱたぱたと部屋に入ってきた千尋の方へ歩いていった。

「どうしたの風早。
 那岐が怒るなんて珍しいね」
「ええ、本当に」
「どうせ風早が怒らせたんでしょ?」
「さあ、どうでしょうね」

 にっこりと笑い淡々と作業を進める風早に千尋がため息をつくと、
 那岐が那岐にしては勢いをつけて千尋に向き直った。

「千尋」
「那岐、どうしたの?」
「クリスマスケーキ。一回僕がじゃんけん勝ったよな」
「いきなり何!?
 ……えっと、……そうだね。そんなこともあったね」
「どうして僕が勝ったのにあの時も千尋の好きなケーキになったのさ」
「だって、わたしが悔しくて泣いたら、結局那岐がおれて
 仕方ないから千尋の好きなやつにしろよって譲ってくれたんじゃない」
「ええっ」
「……ははは。
 那岐は自分で覚えていなかったんですか?」
「風早っ。あんた覚えてたのか」
「ええ。勿論」

 にっこりと風早は笑い……結局君も千尋には甘いんですよねと、
 千尋に聞こえないように小さな声で那岐に言えば、
 那岐は髪をかきあげて、もう疲れたから休むと部屋を出て行ってしまった。


14.かなたのおもいで

遙かなる時空の中で4 風早&那岐